会長 挨拶

条件反射制御法学会 会長 平井愼二

 私は1989年から薬物乱用者に対する精神科医療に関わってきました。当時、物質摂取反復は治癒しないが回復はあるというのが、この疾患の治療にかかわる多くの専門職の認識でした。私も不明確ではありますが、そのように考えていたと思います。

ところが、覚醒剤乱用者は売人に遭遇すると便意をもよおすという不可解な話を患者から聞き、その現象に関する調査を私の患者を対象にして2006年に行い、その結果から、それまでとは異なる理解が生じる展開が始まりました。

調査では、当時、私がもつ条件反射学説に関する不十分な知識では「条件反射が物質摂取反復に強く関わっている」と表現される結果を得ました。早速、覚醒剤を乱用していた患者を関連刺激に曝露して生理的報酬を与えない作業を反復することにより反射を抑制する治療を2006年6月から開始しました。また、パヴロフ学説に関する書籍を集め、古い字体に悩まされながらも多くを読み、臨床で患者が示す反応に助けられて、この学説に関する理解を深めました。

後に、患者において物質を摂取する定型的な行動を止める反射を意図的に成立させておき、当該患者を刺激に曝露して渇望を引き出し、成立させていた止める反射を用いてその渇望を数秒で消すことに成功しました。このときに、それまでの物質摂取反復の病態に関する理解がかわって行くことを確信し、この先、多くの薬物乱用者を回復させられることを喜びました。また、同時に、この方法を早く見つけていれば救えたはずの患者達を思い出しました。

この技法をかなりの程度に整理したところで、2011年3月11日に第一回嗜癖行動に対する条件反射抑制療法研修会を下総精神医療センターで開催しました。この講義中に東日本大震災が生じ、会場を屋外の芝生の上にかえて研修会を最後まで続けました。いろいろな意味で大きく変化する日になったと考えたことを記憶しております。

当初、この技法を条件反射抑制療法と呼び、嗜癖行動の欲求を抑制する治療と位置づけました。

しかし、この技法は促進反射を意図的に成立させ、後にその反射の作動を利用する機序を含みます。また、最近は、この技法を反応性抑うつ、PTSD、摂食障害、性犯罪に対しても用いて良好な効果が得られているだけでなく、疾病の枠を超えて、誤投薬などの定型的な作業における過失の予防にも応用を試みております。さらに、この技法は医師や心理士だけでなく、理論を理解した者ならば誰にでもできるものです。これらのことから、この技法の名称を条件反射制御法に改め、適用を嗜癖行動に限定するべきでなく、反復される不適切行動の変更、あるいは業務上必要な確認・手順等の遵守に効果を発揮するものであると現在は考えています。

条件反射制御法学会をこれまでに千葉で下総精神医療センターが3回、札幌でデイケアクリニックほっとステーションが1回開催し、すでに250名ほどの方々にこの技法の概要を理解していただいております。今年6月には滋賀県でも開催いたします。研修では条件反射制御法について私の理解と私が構成したものを皆さんにお伝えしておりますが、この技法のほとんどのところはパヴロフ学説に基づくことから、共通の情報に基づいて意見交換ができます。そこでこの度、条件反射制御法研究会を開設いたしました。皆様と一緒によりよいものを求めて行きたいと考えております。

条件反射制御法学会は、ここまで示しましたように、この技法をさらに効果的なものにし、医療や教育、訓練等の場で有効に利用されるよう、生理学的なところを検討することを主な焦点とします。ところがこの技法のほとんどのところが基づくパヴロフ学説は20世紀初頭に唱えられたものであり、従って、その知識が現在の社会に浸透しているところは限定的であり、現在の体制や知識と合わないところが多くあります。一方で、この技法はこれまで対応困難とされた薬物犯罪や性犯罪等にも効果を発揮するために普及することが予測されます。その普及に伴ってヒトの行動の原理も広く知られることになり、その原理と社会の体制あるいはこれまでの知識が合致していないところに関しては調整が必要になります。

例えば覚醒剤に条件付けられたヒトの覚醒剤使用は、第一信号系条件反射が司るものであり、自由な思考によるものではありません。その触法行為の責任能力の考え方、あるいはその者の処遇方針を考えるとき、法律や刑事司法体系のあり方が再検討されるべきでしょう。

また、法律の変更は文化への影響があります。文化に優先してでも変更することを正当とする根拠はヒトがそのようなものであるからという他には考えられません。このところを既にパヴロフは検討していました。パヴロフは、ヒトが現在のような生理をもつのは第一信号系条件反射がわずかずつ遺伝するからであると考えていました。この獲得形質が遺伝するという考え方は、現在の常識と正反対のことです。

条件反射制御法学会は、この技法を普及させていきながら、その過程で生じる必要な調整にも焦点を当てて、対応の方法を検討して行きます。一生懸命、考えることで問題は解決して行くはずです。

皆様がこの条件反射制御法を実務に用い、その経験をもって活発な意見を下さることをお待ちしております。

2012年4月

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