ヒトが行動するメカニズム

平井愼二

パヴロフ学説に基づいて条件反射制御法を開発し、薬物摂取行動に伴う欲求をはじめとし、さまざまな反復する神経活動を制御できるようになった。パヴロフ学説と条件反射制御法で得られた臨床の変化を検討し、ヒトが行動する本当のメカニズムは次のようであると理解している。

1.ヒトの行動を司る2つの中枢

ヒトは行動を司る中枢として第一信号系と第二信号系の2つをもつ。

1)第一信号系

① 防御、栄養摂取(摂食)、生殖の再現性と進化

38億年ほど前に地球上に生物が誕生した。生物は活動し、様々な現象が生じる環境の中で防御、栄養摂取(摂食)、生殖という生きる理(ことわり)に合致した現象において、成功が反復すれば生き延び、失敗が反復すれば滅びた。つまり、活動が防御、栄養摂取(摂食)、生殖のいずれかの現象において成功したときにその成功という結果までに生じた活動の再現性が高くなる傾向、並びにそれらのいずれの現象においても失敗したときにその失敗という結果までに生じた活動の再現性が低くなる傾向の両方を併せもつ個体が生き延びた。

その現象が反復し、生物は同一の環境では類似した活動をもつ個体が集合して群となり、さまざまな環境で進化し、植物と動物に分かれた。

② 神経活動における再現性

動物の行動は神経活動による。神経活動は、環境からの刺激を感覚器で信号に変え、中枢に伝え、中枢でその作用方式に従って反応を生じ、その反応を効果器に伝え、効果器で反応を表出する現象を作る。この刺激、中枢作用、反応で構成される神経活動による現象を反射と呼ぶ。反射は動作の方向や駆動、動作を支える自律神経の緊張の程度、動作を発現させる過敏性や継続させる駆動性の程度等を司る。複数の反射が連鎖的に作動して動作等が連続し、流れのある行動になる。

従って、動物においては反射の連鎖的な作動により、防御、摂食、生殖に成功した際にその時点までの行動を司った反射の再現性が高くなる傾向、並びに、失敗した際にその時点までの行動を司った反射の再現性が低くなる傾向の両方を併せもつ群が生き残り、現生の動物となった。

③ 生理的報酬の有無に対応する強化と抑制

動物においてはそれら2つの傾向をもつ群が防御、摂食、生殖の成功をより高い確率で再現し、より長く生き、より多くの子孫を残すことが、世代を越えて生存競争の中で継続した。その経過によりそれら2つの傾向は強まり、それらの傾向は防御、摂食、生殖を行ったときに成功かあるいは失敗かの結果に従って脳内に生じる行動完了時の効果と、その効果に従って生じる後の現象になった。

つまり、現生の動物においては、ある行動により、防御、摂食、生殖のいずれかに成功したときに生理的報酬と呼ぶべき効果が生じ、それが生じた場合の効果は、それが生じる時点までの神経活動を強化するものである。したがって、防御、摂食、生殖のいずれかに成功する時点までの行動を生じさせた反射の連続の作動性は高まり、その現象の反復により反射連鎖として成立する。後に、過去に防御、摂食、生殖のいずれかに成功した行動の開始時あるいは継続中にあった刺激、あるいは同様の刺激を受けるとその反射連鎖は作動して、防御、摂食、生殖のいずれかに成功した行動が再現する。

また、逆に、ある行動により、防御、摂食、生殖のいずれにも失敗したときに生理的報酬と呼ぶべき効果は生じず、それが生じなかった場合の効果は、それが生じなかった行動を司った反射の連続を強化しないだけでなく、それが生じなかった行動が過去に定着していた反射連鎖による行動であれば、その反射連鎖は抑制を受ける。強化されなかった反射の連続は、あるいは過去に定着していたが抑制を受けた反射連鎖は、防御、摂食、生殖のいずれにも失敗した行動の開始時あるいは継続中にあった刺激、あるいは同様の刺激を受けても同じ反射は生じないという現象、あるいは過去より弱い作動性で反射が生じるという現象があり、生理的報酬が生じなかった場合の行動を再現しないことが多くなる。

④ 変化と再現

そのような機序により、ある行動で防御、摂食、生殖に成功したときにその行動は後に生じやすくなり、ある行動で防御、摂食、生殖に失敗したときにその行動は後に生じがたくなり、この2つの特性を動物は発揮して、環境への適応が進む。

その適応により動物は生命を保持するのであり、経過において行動は生き生きと変化する。行動の変化は、個体に焦点をあてると、各個体の環境に適応する方向に急速に変化するものであり、1代の間に生じる。一方、行動の変化は、群に焦点をあてると、その群の個体に共通する行動は、その群の個体の多くに共通する環境に適応する方向に世代を経るに従って緩徐に変化が生じる。その群の個体に共通する行動の変化に対応して形状も変化して進化が生じる。

また、適応により、1個体の1時点における行動は、前世代までの進化で規定された行動の上に、その個体の誕生からその時点までの環境とのやりとりで条件付けられた行動であり、その行動が機械的に再現される。

⑤ ヒト以外の動物ももつ第一信号系

ヒトを除く動物はここまで示した特性がある中枢のみをもつ。その中枢をパヴロフは第一信号系と名付けた。

第一信号系は環境から刺激を受け、条件付けられた反応を、刺激と反応の関係が1:1の反射で生じ、その連続および集合により、一連のまとまった行動を司り、生理的行動に成功すればその行動の再現性が高まり、失敗すればその行動の再現性が低くなり、動物の行動を環境に適応させる。

動物の行動は、消化や代謝や心肺機能による循環、刺激に対する過敏性、動きの方向や駆動等を司る神経領域で構成され、それらが第一信号系の中枢作用により司られる。

ヒトはその第一信号系を中枢の一部にもち、第一信号系はヒトの自律神経、気分、動作を直接的に司り、過去に防御、摂食、生殖という生理的な成功に繋がったまとまった行動を再現する作用を生じる。

2)ヒトのみがもつ第二信号系

① 第二信号系の成立と作用様式

数百万年前までに一部の動物が徐々に立ち上がり始めた。二足歩行時には、前肢が自由になり、目前の物体を視認しながら手指による作業を連続的に行った。

この手指による作業の現象の始まりは、まずは個体と視認する限局された環境の間で、環境から多くの刺激を受けて個体において手指による作業を司る神経活動が生じるものである。その神経活動は個体の中枢において刺激になり、また、外界へ表出した手指による作業は視覚刺激等になり、さらに、その作業による結果である環境中の変化は視覚刺激等になる。再び、それらの多くの刺激を受けて個体において手指による作業を司る神経活動が生じる。つまり、手指による作業はその現象の反復であり、限局された環境中に急速な変化を個体の中枢が作り、その変化に対応することの連続である。

その連続において、一時点の複数の刺激が同じでも、他の刺激が過去とは異なり、あるいは途中に新たな事象からの刺激が入って、異なる経過で展開して、成功に至ることがある。最終的に防御、摂食、生殖のいずれかの成功に至れば、その時点までの反射の繋がりが強化効果を受ける。その現象の反復により、さまざまな経過の内、より頻回に生理的成功に至った複数の反射の繋がりがより高度に強化されて、反射連鎖として成立する。

二足歩行の時間が増えた群の中では、それまでの四足歩行の時期と比較し、上記のように、急速に変化する環境から多くの刺激を受け、反応が生じ、多様な経路を経て生理的成功に至って強化効果を受ける頻度が飛躍的に増加した。この結果、中枢の一部は実際の動作を伴わない状態で、多数の刺激に対して、刺激と反応が1:多の関係で反射が進み、網のように繋がり、しかし、複数の反応の方向と強さはさまざまであり、拡大と収束を伴いながら、成功までの道筋を意識的に辿る機能、つまり思考を展開する中枢神経系に成長した。

この中枢が、パヴロフが第二信号系と名付けたものである。また、その中枢をもつようになったのがヒトである。

② 第二信号系の作用の概要

第二信号系は、現在の環境から刺激を受け、また、第一信号系に生じた主に現在の環境に対する動作の方向および駆動、気分、自律神経の状態を刺激として、さらに、第一信号系に生じた過去の体験と情報を刺激として、意識が向いた事象や自己に関して評価する。

第二信号系はその事象と自己の調和あるいは乖離を把握し、評価を加えて、感情や欲求、衝動、意思、葛藤の内容を構成する。

行動は、ときには第二信号系の作用が疎かなままに主に第一信号系の作用により生じる。しかし、ときには第二信号系が優勢に作用し、衝動や欲求、意思に体験と情報を加えて行動を計画し、目標を設定し、結果を予測し、大きな変化を予測する場合は集中して思考し、機会を待って、決断して行動を開始することもある。

第二信号系は直接的には動作を司り、間接的には思考と動作が第一信号系の反射を刺激して動作と自律神経、気分の領域に反応を生じさせ、未来に行動を創造しようとする。

③ 第二信号系の作用による生理的報酬と同様の効果

行動の結果をその主体の第二信号系が成功あるいは改善であると評価すると、その評価という現象に関係した神経活動は第一信号系に作用し、生理的報酬と同様の効果を生じさせ、それまでの反射の繋がりを強化する作用をもつようになった。

2.第一信号系と第二信号系の関係

ヒトにおいて、他の動物ももつ第一信号系とヒトのみがもつ第二信号系の2つが次のように関係して行動が生じる。

第一信号系と第二信号系の関係図
(図1)
1)一時点における2つの中枢の関係

ある一時点においてヒトの2つの信号系が、環境から刺激を受けると、各中枢作用が、その中枢内で展開し、また、刺激し合うが、次のように各信号系の方式を保つ。

第一信号系は、環境からの刺激、並びに第二信号系から受けた刺激に対して、無意識的に反射が作動し、過去の生理的成功行動を再現する。

第二信号系は、その中枢内で生じた反応、環境からの刺激、並びに第一信号系から受けた刺激に対して、意識的に思考し、未来に社会的成功行動を創造しようとする。

その際に、2つの信号系から生じる動作の方向が同じであれば2つの信号系は協調してその行動を進める。しかし、2つの信号系の動作の方向が異なれば、作動性が強い側の信号系が他方の信号系を従えてその行動を進める(図1)

2)経過における2つの中枢の関係

ある時点においてある行動に関して第二信号系が発揮できる作動性が第一信号系の作動性より強くても、未来の一時点までの経過において、その行動を司る第一信号系の作動による行動の表出に対して第二信号系が可能な抵抗を怠り、あるいは許可し、その行動の成功が反復されることがある。その場合は、その行動により生理的報酬が生じることが反復され、その行動を司る第一信号系の反射連鎖の作動性は強化され、未来の一時点において、その行動に関して第二信号系が発揮できる作動性より第一信号系の作動性が強い状態に至り、第二信号系がその行動の制御能力を失うことがある。その状態において、第二信号系ではやめようと決意した行動が、第一信号系の作動により反復して生じる。

逆に、ある時点においてある行動に関して第二信号系が発揮できる作動性が第一信号系の作動性より弱くても、未来の一時点までに、自然な環境の変化により、または、仲間の協力を得た自助的努力により、さらには第二信号系の選択による治療により、その行動を再現する神経活動が第一信号系に生じた際に、生理的現象に失敗し、その失敗に対する反応が第一信号系に反復して生じることがある。その場合は、その行動を司る第一信号系の反射連鎖の作動性に対して抑制が反復され、未来の一時点までに、その行動に関して第一信号系の作動性より第二信号系が発揮できる作動性が強い状態に至り、第二信号系が行動の制御能力を回復することがある。