理事長声明
- 大麻の使用を規制する法律の制定を求めます -
条件反射制御法学会
理事長 平井愼二
やめようと決意した行動を再び行う薬物乱用や痴漢行為、万引きなどの現象は、ヒトの第一信号系(ヒトと他の動物がもつ中枢で、反射で過去の生理的成功行動を無意識的に再現する)が第二信号系(ヒトのみがもつ中枢で、思考して未来に社会的行動を意識的に創造する)よりも強く作用する状態で生じます。
その状態に至ることを予防し、また、その状態から回復させるためには、第一信号系には治療や生活訓練を用いて疾病状態を改善し、第二信号系には教育と刑罰で責任をもった行動を求めることが効果的です。
それらの働きかけを対象者に応じて提供する連携を、援助的にかかわる領域、そして、取締と強制的な処遇を行う領域が、自領域の機能を発揮し、他領域の機能を活用することにより成立させて、社会を支えなければなりません。
従って、大麻の使用は規制されるべきです。大麻の使用者を増やしてはなりません。また、現在の薬物乱用対策は不十分ですので、次に示す知識の普及と連携の成立を急ぎ、大麻の使用から離れられなくなった者の回復を支えなければなりません。
1.大麻を反復して使うメカニズム
1)ヒトがもつ二つの中枢と行動が生じるメカニズム
地球上に現れた動物の内、なんらかの行動を起こした後に生命を支える防御、摂食、生殖という生理的現象に、成功した場合にその行動の再現性が高くなる性質、ならびに失敗した場合にその行動の再現性が低くなる性質の両方をもった群が多く生き残り、進化した。
その結果、現生動物では、生理的現象に成功したときに脳内に生じる効果(以後、生理的報酬)は、成功に至るまでの行動において連続した神経活動間の結合を強くし、その行動を司る反射を強化する。また、生理的現象に失敗したときは、失敗に至るまでの行動において連続した神経活動間の結合は弱くなり、その行動を司る反射は抑制される。
それらの性質をもつ中枢により、動物は防御、摂食、生殖に成功した行動を司る反射連鎖を残し、再現する。その中枢はパヴロフにより第一信号系と呼ばれ、ヒト以外の動物はその第一信号系のみで行動する。
動物の内、二足歩行を始めた群がヒトになり、ヒトは第一信号系をもち続け、また新たに、パヴロフにより第二信号系と呼ばれた中枢ももつようになった。第二信号系は自己と他者を区別し、評価、計画、予測、決断という思考をして、他者のいる社会に自己を調和させる行動を創造しようとする中枢である。
環境から刺激をヒトが受けて、第一信号系が、反射の作動により過去に生理的現象に成功した特定の行動を生じさせる神経活動が進み、しかし、第二信号系がその行動をしてはならないと判断してやめようとするとき、二つの信号系は衝突し、作用が強い信号系の行動が生じる。
あるいは環境から刺激をヒトが受けて、第一信号系と第二信号系に生じた神経活動が作る行動の方向が同じであれば、二つの信号系が協調して行動が生じる。
2)大麻を反復して摂取する状態が生じるメカニズム
大麻を入手し、準備し、摂取する行動をすれば、その後、大麻の成分が第一信号系に届く。大麻の薬理作用には、その効果が生じる時点までの神経活動を再現しやすい形で第一信号系に定着させる効果がある。つまり、その効果は防御、摂食、生殖に成功したときに生じる効果と同じであり、大麻の薬理作用には生理的報酬がある。
従って、生活する中で、大麻を入手し、準備し、摂取する行動をすれば、その後、大麻の薬理作用で生じた生理的報酬は、それが生じるまでの神経活動、つまり、生活を送り、大麻を入手し、準備し、摂取する行動を司った神経活動が、再現しやすい形で定着するように作用する。大麻の使用を反復すれば、生理的報酬を受けることが反復し、大麻を使用する神経活動は成長し、第一信号系は生活環境からの刺激に反応し、大麻を使用する行動を強力に作動させるようになる。その第一信号系の作用が第二信号系の作用を超えると、第二信号系が大麻を使用してはいけないと判断し、不使用を決意しても、大麻を使用する行動を第一信号系が生じさせてしまうという状態になる。
その状態では、生活上の重要な事柄があっても大麻の使用を行うことがあり、また、幻覚や妄想を生じることもあり、それらの結果、大麻を使用する者の人生を困難にし、社会を不安定にする。つまり、大麻の使用は自己と他者の両方に損害をもたらすものである。
覚醒剤やコカイン等も大麻と同様に生理的報酬を薬理作用にもち、上記と同様の現象を生じさせる。
2.一般予防と特別予防(≒回復)が両立する対策
大麻等の危険な薬物(以後、危険な薬物を薬物と記す)への対策は薬物の需要削減と供給削減に分かれる。需要削減は、危険な薬物の使用者を減らすことでなされる。そのためには、まだ、薬物を使用したことのない人(以下、一般人という)に対して薬物の使用を始めさせないための一般予防、並びに薬物を使用している人に対してその使用をやめさせ、再開しないようにするための特別予防(≒回復)の両方に効果を上げなければならない。
特別予防の方法は、対象者に刑罰を科すことのみであるという誤解が一部にはあろう。援助側でよく使われる言葉である回復が特別予防と重複する部分を多くもつことから、この文面では特別予防(≒回復)と記載する。
1)一般予防
一般予防は、一般人の第二信号系が標的になる。一般人の第二信号系に対して、薬物の害を伝え、薬物の使用を開始しないための教育を行うこと、ならびに、薬物を使用している者は検挙し、刑罰を与えることを周知させ、実行することで効果が上がる。従って、大麻を含め、薬物の使用を規制する法をもち、刑事司法体系が取り締まり、処遇を強制する制度は社会がもつべき重要な機能である。
2)特別予防(≒回復)
特別予防(≒回復)は、薬物を使用している者の第一信号系と第二信号系の両方が標的になる。
薬物を使用している者の第一信号系には、薬物を入手し、準備し、摂取する行動を司る神経活動が、さまざまな程度で必ず存在するので、それを制御できるようにする治療の提供は必須であり、また、必要に応じて、円滑な社会生活を成立させる生活訓練を提供しなければならない。
薬物を使用している者の第二信号系は、薬物使用に関しても第一信号系に完全に制圧されていない状態にあることが少なくなく、また、薬物使用以外の行動に関しては正常であることが多い。
薬物を使用している者に対して、後に薬物を使用させないために、各領域が特性を発揮する態勢は次である。
① 援助側に求められる態勢
教育や治療、生活訓練などの提供を実現するために教育や精神科医療および周辺の援助する機関は、薬物の使用者が接近しやすい態勢をもつべきである。従って、大麻の使用を規制する法が出来た後も、治療や生活訓練を求める者を、援助する機関は取締機関へは通報しない態勢を保たなければならない。援助者による通報しない態勢は、取締官が検挙する態勢と同様に連携を支える重要な態勢であるので、個人の裁量に任されるべきものではなく社会全体が期待するべきものである。
ちなみに、通報するか否かについては、現在、使用が規制されている覚醒剤の使用に関しても他の法との衝突があり、また、関係機関の連携による薬物対策の効果を高める点からも、取締機関への通報を援助側はするべきではない。しかし、援助側が持ち合わせるべき態勢は、援助的な処遇に取締職員を参加させ、検挙する態勢から生じる法の抑止力も利用して特別予防(≒回復)を促進するものである。この方法に関しては、条件反射制御法学会のホームページに「∞連携支持施設」のページ(https://crct-mugen.jp/cooperationsupport/)があり、概要を示し、実施施設を掲載している。
② 取締処分側に求められる態勢
まずは、刑事司法体系は検挙した者に対する処遇において、対象者の第二信号系が薬物の使用に可能な抵抗を怠っていた場合は、刑罰を科すべきである。
また、刑事司法体系は検挙した者に対する処遇において、対象者の第一信号系に対して治療や生活訓練を強制しなければならない。
さらに、刑事司法体系は裁判において、検挙した者が検挙前に薬物の使用をやめるために必要な治療や生活訓練を受けていたか否かを調べ、受けていなければその受けていないことを罰する態勢をもつべきであり、従って、その態勢を支える法を創設しなければならない。この法は、規制薬物の使用に関して行動制御能力を欠いた者を検挙した際にもその者を刑罰の対象とし、刑事司法体系のかかわりと効果を保つものになる。同時に、社会内で薬物の使用を反復する神経活動をもつ者が、治療や生活訓練を受けることを躊躇している際に、それらに関わり、薬物の使用をやめることを促すものになる。この法の創設に際しては十分な知識の普及と治療や生活訓練をする施設の充足がなされなければならない。
3.ヒトが行動するメカニズムへの対応性
1)厳罰主義の失敗
現在の日本は薬物対策においては厳罰主義の態勢であり、そして、その態勢が、同程度に発展した国々と比較すると、薬物乱用の規模を極めて小さく保っている。一見、日本の薬物対策が成功しているように見えるが、一旦、薬物を使用し始めた者を反復して服役させており、その者の人生を強く阻害するという大きな犠牲を伴っている。その原因となっている厳罰主義への偏りを見直す動きとしては、刑の一部執行猶予などの制度を作り、薬物乱用者に援助的に働きかける態勢が見え始めているが、裁判において薬物使用に至った疾病性を認めないことが処遇における援助的はたらきかけを制限しており、不十分である。現在の刑事司法体系および援助する機関の一部の者は厳罰主義をとっており、第二信号系のみに働きかけるものであり、ヒトが行動する本当のメカニズムに対応していない。
2)援助を偏重することの誤り
逆に、仮に薬物使用を規制せず、治療や生活訓練が重要とする社会であればどうか。まずは、一般予防の効果が阻害されるという大きな欠点をもつ。薬物の使用者とその家族にとっては、薬物の使用者が犯罪者とならないことは望ましいものであろうが、薬物使用により劣悪な状態になっても薬物を使う自由が保証され、また、劣悪な状態になれば治療や訓練を求める判断が生まれがたい。従って、薬物の使用を規制しない社会は、決して、薬物を使用する者に対して治療や生活訓練を円滑に提供する社会ではなく、薬物を使用する者を放置する社会であり、特別予防(≒回復)の効果も低下させる。
つまり、薬物の使用を規制しない態勢は、治療や生活訓練を望む極一部の者の第一信号系を主な対象にするものになり、厳罰主義と同様に、ヒトが行動する本当のメカニズムに対応していない。
3)各領域が異なる役割を担う連携
薬物乱用対策の成功のためには、ヒトの第一信号系にも第二信号系にも対応する働きかけを提供するために、態勢の異なる領域間で摩擦を抑え、相互に利用し合う連携を成立させなければならない。前出の「∞連携支持施設」のページに示した各態勢により、取締処分側と援助側が全く異なる各領域の機能を発揮し、持ち寄り、自領域がもたない効果に関しては他領域を活用できる。
以上