第一回条件反射制御法研究会開催に際して


条件反射制御法学会 会長 平井愼二

皆様、第一回条件反射制御法研究会にようこそいらっしゃいました。

私は1989年から薬物乱用者に対する精神科医療に関わってきました。物質使用障害には決め手となる治療法はないというのが共通した認識である時期が長く続きました。そのような状況下で2006年に行った調査において、「条件反射が物質摂取反復に強く関わっている」と表現される結果を得ました。早速、現在の条件反射制御法の元になる疑似覚醒剤の静脈注射を2006年6月から開始しました。始めの内は強い反応が生じましたが、それを反復していると、反応は低減していったのです。この結果を得て、条件反射制御法で欲求を抑制し、必要なケースには既存の治療法を組み合わせると嗜癖行動は完治すると考え始めました。

当初、条件反射制御法が効果を表すのは嗜癖行動に対してであると考えていましたが、理解が進むにつれ、反応性抑うつ、過食、盗癖、露出症、リストカット、PTSDなど、多くの病態に効果を表すことに気づき、臨床で利用するようになりました。また、パターン化された業務における過失の抑制にも効果を発揮すると考えています。

この技法を私が過大に評価していると感じる方もいらっしゃるでしょう。しかし、この技法が基盤とするパヴロフ学説は進化の観点からヒトを含む動物の行動の原理を説くものであり、この技法が種々の病態あるいはヒューマンエラーに対して効果を表すのは自然なのです。

パヴロフが条件反射について初めて報告したのは1903年のマドリッド講演においてです。その後、パヴロフは研究を進め体系的な理論を構築し、一時期は広く支持されたようです。しかし、後にパヴロフ学説は正当には理解されなくなり、現在の知識や制度に生かされていません。むしろ、現在の科学が正しいとするところとパブロフ学説は差異が大きいのです。

まずは進化の問題ですが、パヴロフは獲得形質は遺伝すると信じ、晩年もそれに関する研究を計画していたようです。すでにこの点でパブロフは少数派です。

また、パヴロフ学説では、生後に獲得する無意識の行動を司る神経活動の成立を条件付けという文言を用いて表し、「学習する」あるいは「覚える」という意識的な作業を表す文言を用いません。しかし後に、動物における条件付けを学習と呼ぶ考え方が他の研究者により提唱され、普及しました。このためにヒトとそれ以外の動物の大脳生理の質的差異が多くの研究者により意識されなくなり、動物実験がヒトの行動の理解には十分に役立てられない状況を作ったと私は考えています。パブロフが残した功績の重要なところが忘れ去られたのです。

そのことは疾病等に対する治療技法のあり方に留まりません。長期に規制薬物摂取を反復した後にその行動が正常精神状態においてなされても、その行動は第一信号系の反射連鎖によるものであり、第二信号系の反射連鎖によるものではありません。つまり、それは自由な思考によるものではないのです。これを現在の刑事司法体系の考え方に当てはめると、自由な思考による行動でないことから有責ではありません。このような考え方をせず、薬物事犯者を刑務所に入れる刑罰で対応する態勢をもつ刑事司法体系は累犯の薬物事犯者を多く作り、刑務所内の薬物事犯者人口を多くしています。このように、パヴロフ学説が軽視されたことにより社会の制度が効果の不良なものになっているのです。

この研究会は本日限りのものではありません。研究会事務局がほっとステーションに設置されており、種々の活動をしていきます。今後、条件反射制御法とパヴロフ学説を皆様と楽しみながらゆっくりと検討し、社会に貢献する技法や制度を考えてゆきたいと思います。