行動原理にかなった技法と司法を求めて
条件反射制御法学会 会長 平井愼二
精神科領域の技法も刑事司法体系の制度も、ヒトの行動における逸脱の抑制、あるいは一定の範囲に収まる調整をしようとするものです。従って、精神科領域の技法も刑事司法体系の制度もヒトの行動原理にかなったものでなければなりません。また、ヒトは1種類の生物種であることから、技法も司法も従うべき行動原理は一つであるはずです。
ヒトの行動を制御する中枢は第一信号系と第二信号系で構成されているとパヴロフは説きました。第一信号系は無意識的で動物的な神経活動のシステムであり、定型的な行動を司ります。また、第二信号系は意識的で理性的な神経活動のシステムであり、自由で柔軟な行動を司ります。ヒトもその他の動物も第一信号系を持ちますが、ヒトのみがその上に第二信号系も持ちます。この第二信号系の有無がヒトと他の動物の間における行動の質的な差異を作るのです。
このパヴロフ学説に従って現実のヒトの行動に望ましい変化を与える精神科領域の技法と司法制度は次のように考えられます。
ヒトが行動する際に第一信号系の作動性が高まり、第二信号系が計画した方向と摩擦がある時にヒトは苦悩します。条件反射制御法は第一信号系に働きかけ、覚醒剤乱用や過量飲酒などの物質使用障害、病的賭博、PTSD、パニック障害、反応性抑うつ、自傷行為、強迫行為、性嗜好障害などを司る神経活動の作動性を低減させ、それらの神経活動を第二信号系で制御できるものにします。適切な他の技法や効果と組み合わせて、上記の疾患を治癒した状態に安定させることができます。
刑法はヒトが理性により現実を判断し、その判断に従って行動できると想定して作られていますが、実際の現象とは合致しません。正常な精神状態で第二信号系が理性的に現実を判断しても、異なる行動を司る第一信号系が優勢であれば、第二信号系が計画するものとは異なる方向に行動が進みます。この現象があることの証の一つは刑務所内に覚醒剤累犯者が多く存在することです。パヴロフ学説に従って刑法は再構築されるべきでしょう。
さて、条件反射制御法はこれまで有効な治療法がないとされてきた物質使用障害や病的賭博、性嗜好障害に強力な効果を示しています。この先、種々の疾病等に用いられ、手法と理論に関して検討が深まれば、ますます効果が高まるでしょう。それだけではありません。ヒトの行動原理に関する学説に関してもパヴロフが示したものが正しいことが広く受け入れられ、疾病性を強く帯びた触法行為に対して、罰で対応する現在の制度が見直され、判決において第二信号系に対する刑罰、ならびに第一信号系の過作動に対する条件反射制御法およびその他の治療が言い渡されるべきであることが理論的により強く支えられるのです。