会員の皆様
新たな年度になりました。
今年度も皆様と一緒にしっかりと勉強していきたいと考えています。
当会は徐々に活動性を高めており、昨年度は研究会をZoomで開催しました。
第2回研究会は5月16日に同様にZoomで開催されることが予定されています。その研究会では、日本でストーカーに早くから専門的に対応を開始された、小早川明子氏が報告します。この∞メールでも後にご案内しますが、HPでは抄録と紹介等をご覧いただけます。
第3回研究会も6月13日に予定されています。その研究会では病的窃盗に関して林大悟弁護士が報告します。その後も興味深い研究会を計画しています。
皆様、是非ご参加ください。
ワンポイントレッスン
制御刺激は目を開けて行う
平井 愼二
条件反射制御法の第1ステージは制御刺激ステージである。このステージの治療作業の目的の1つは、生活を阻害した行動をしたいという欲求や衝動がでても、それらを一気に消す作用をもつ制御刺激を作り上げることである。
まず治療者は対象者と一緒に、働きかける標的の行動に応じて、3~5秒ほどで完了する簡単な動作と言葉の組み合わせを決める。動作は、他者には自然で、行う本人には特殊になるように、いくつかの通常の動作を組み合わせる。言葉は標的の行動に関連のある言葉と、その行動ができないことあるいはしないことを表すものにする。
例を挙げると、覚醒剤乱用が標的の行動であれば、次のようになる。
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私は今:右掌を胸に当てる
覚醒剤は:親指が外の拳にして、見る物や景色に向ける
やれない:親指が内の拳にする
大丈夫:親指が内の拳を握る
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上記のように動作をしながら、言葉を言う、あるいは思うことは、第二信号系に神経活動を生じて第一信号系に対する刺激になり、また、空間に視覚刺激を作り、音声にすれば聴覚刺激になる。
その動作と言葉の刺激を一度行えば、次の刺激を行うまでに20分は時間間隔をとるが、第1ステージでは一日に20回以上を目標に、数週間で200回以上行う。
また、その刺激を行うときは目を開けて行い、行うたびに見る物や光景を変える。
第1ステージが終わる頃までには、上の刺激は次の3つの効果をもつ制御刺激として成立する。
1)治療の標的とする行動をしたいという欲求あるいは衝動が生じても、制御刺激を行えば、欲求あるいは衝動が数秒で消える。
2)日常生活の中で、そもそも欲求が生じ難くなる。
3)治療の標的ではない行動をしたいという欲求あるいは衝動が生じても、制御刺激を行えば、欲求あるいは衝動が数秒で消える。
今回のワンポイントレッスンでは、なぜ、制御刺激は目を開けて行うかを解説する。
治療する標的の行動を反復していた頃は、日常生活の中で様々な物体や光景から視覚刺激を受けて、その後に標的の行動を行う。その行動の終末に生理的報酬あるいはそれと同様の作用が生じ、それが生じるまでの神経活動が強化され、標的の行動が再現されやすくなる。神経活動の順序は、日常生活の中の物体や光景からの視覚刺激、標的の行動を促進する神経活動、終末に強化効果となる。それを反復したのである。従って、日常生活の物体や光景からの視覚刺激は、標的の行動を生じさせる刺激になっていた。
朝起きたときから万引きをしたい、あるいは覚醒剤を使いたいという患者は少なくない。日常生活の中では意識的には標的行動と関連づけて見ないが、家具の色や形状、あるいはコーヒーカップ、ペン、ドアノブ、服、絨毯の模様、壁の色など生活する空間の全ての視覚刺激が、標的行動を生じさせる刺激であった。視覚刺激だけでなく、さまざまな音も臭いも標的行動を生じさせる刺激であった。覚醒剤を乱用していた者は、トイレの芳香剤の臭いで、覚醒剤がしたくなったとも言う。さらには、自分の呼吸の音だけで覚醒剤をしたくなり、苦しくなったとも聞いた。
つまり、強度はさまざまであるが、日常生活で受ける通常の刺激が全て標的行動を生じさせる刺激になっている。特定の行動に囚われている者は、生きているだけでその行動をしたいという欲求をもつ状態にも至る。
制御刺激を成立させる作業は、まずは前出の動作と言葉を標的の行動を司る反射をとめる刺激として強化するものであるが、同時に、環境中の促進刺激をひとつひとつオセロのようにひっくり返していくものである。精神を安定させるために味方になる刺激で日常生活をいっぱいにするのである。環境からの刺激の多くを占める視覚刺激を、標的の行動を司る神経活動を促進する作用から制止させる作用に変えて、精神を安定させる刺激にしなければならない。
そのために制御刺激を成立させる毎回の作業は、目を開けて行うことにより第一信号系に環境からの視覚刺激を与え、直後に制御刺激の要素にある標的行動に関連する言葉の刺激を与え、従って当初は標的行動を司る反射が生じるが、20分間は標的の行動を生じさせないため、終末に強化効果はないという順序になっている。強化効果がないために、その前の神経活動、つまり、環境からの視覚刺激の後の標的行動を司る反射は抑制される。抑制が生じるこの作業を反復する。この反復を十分に重ねた後は、環境からの視覚刺激が第一信号系にはいると、標的行動を司る反射は作動しなくなる。このように、制御刺激を成長させる作業を反復すると、日常生活の中でそもそも欲求が生じ難くなるのである。
では、日常生活にある例えばペンが制御刺激と同様に標的行動を司る反射を強力にとめるかというと、そうではない。制御刺激を成長させる作業を過去に200回すれば、その全てにおいて始めに決めた動作と言葉が組み合わさった制御刺激をするので、その制御刺激は強力になる。しかし、その中でペンが視界に入って行う制御刺激の回数は5回であろうか、10回であろうか、かなり少ないはずである。つまり、ペンなどの環境にある各物体が標的行動を司る反射をとめる効果は小さい。しかし、制御刺激を行う際は、毎回見る物体や光景を変えるので、制御刺激を成長させる作業を何回も行った後は、生活の中で一度に見る視野は、制止する作用をもつ刺激でいっぱいになっている。従って、第1ステージの作業により、生活する空間が安全になる。
制御刺激を行う際に目を開けておく理由はもう一つある。
当初から条件反射制御法が標的とするのは第二信号系ではなく、決意や意思のような、考えとして意識に上ったものではない。条件反射制御法が標的とするのは第一信号系である。制御刺激も当然それに則ったものであり、そのように患者に指導してきた。ところが次のようなことがあった。
制御刺激を条件反射制御法の手順に組み込んで数年を経た頃に、ある患者さんが制御刺激を開始した数日後に、その作業を正確にしているかをみるために私の目の前で制御刺激をしてもらった。その患者さんは「はい、やります」と素直に言い、目を閉じて、動作は正確であったが、言葉は数日前には「やれない」で開始したのに「やらない」に変化しており、完了までに短い言葉の中でも声はだんだん切羽詰まったようになり、眉間にシワが寄り、見事に制御刺激を念じ上げた。気持ちは伝わってきたが、大間違いであった。開眼で行うこと、並びに言葉をやれないに戻すことを指導した。
制御刺激の作業は、メカニズムを不明にしたまま使われていることが多い言葉である「意思」を強めるものではない。制御刺激を成長させる作業においては、環境からの刺激を受け、制御刺激からの刺激を受け、生理的報酬が生じない現象を確実に作り、それを反復するものである。条件反射制御法は理論的なものであり、進化の課程で成立し、一時点では機械のように動く第一信号系に働きかける技法である。制御刺激は「意思」を強めるものではなく、決意を固めるものでもなく、念じるものでもないのであるが、そのような間違いが生じる原因になることが、おそらくは閉眼なのである。従って、制御刺激は目を開けて行う。