会員の皆様
寒くなってきました。お元気でしょうか 。∞メール No.9をお送りします。
●下総精神医療センターでのCRCT実地研修について
条件反射制御法が開発された下総精神医療センターでは、この技法を普及させるために、反復する行動に専門的に対応する部門において、月曜日から金曜日までの連続する5日間の日程で、この技法を行う治療者を養成する実地研修を行っています。
この研修では、ヒトの行動原理と条件反射制御法の各ステージに関して患者による理解を深める方法、この技法における治療作業の指導の仕方、患者に生じる反応の見方などを修得します。 参加資格は、条件反射制御法学会あるいは下総精神医療センターの開催する条件反射制御法研修会に参加された方です。1回の研修は2名を受け入れます。
この∞メールNo.9の最後に日程を示しますので、参加をご検討ください。
下総精神医療センターでのCRCT実地研修を受けて
コントロール飲酒という世界を見た
精神保健福祉士 岡本紳次郎
(2018年10月11日寄稿)
平成30年5月21から5月25日までの5日間、国立病院機構下総精神医療センターで、条件反射制御法実地研修を受講した。私はこの研修に先立って、平成30年2月2日に一日研修である、第9回条件反射制御法研修会に参加し、初めて条件反射制御法の扉を開けることとなった。研修に先立ち書籍を購入し、YouTubeも見たが、書籍は買っただけで、YouTubeの内容はヒトの行動原理について語られていることはわかったが、内容がスーッと入ってくることはなかった。
一日研修において、平井先生から語られるヒトの行動原理に関する一つ一つの言葉を通して、徐々にわかり始めてきた。ただ矢継ぎ早に発せられる先生からの質問には緊張していたことを覚えている。私の中に変化があったのは、その後の懇親会だった。懇親会は和気あいあいとした雰囲気で、研究補助員をなさっている二名の方とお会いした。お二人とも目がキラキラと輝いていたことを覚えている。私は先生がお書きになった遠見書房の「条件反射制御法」の「おわりに」に書かれていた、『私と同じ職場で働いてくださるならば、早く、深く、この技法を習得できるので、身軽な方はいらしていただきたい』という一文を思い出していた。そして、今回の条件反射制御法実地研修の存在を知り受講するに至ったのである。
私はよい機会なので研修棟に泊まり、実地研修を受講した。今思うとこの判断は正しかった。なぜなら、この実地研修は実際に患者様と関わり、反応を把握する過酷な研修だったからだ。しかし、疑似の同伴をしたり、患者様にテストを施行したり、疑似や想像の設定までさせてもらい、この実地研修でしか得られない貴重な体験をさせてもらった。
私は病棟内の患者様が覚醒剤やアルコールなどの物質使用障害の方たちばかりかと思っていたが、病的窃盗、病的賭博、痴漢、ストーカー行為、放火等、さまざまな患者様が入院していた。そして入院している患者様の様子は、私が考えていたより落ち着いていて、これも制御刺激設定ステージの効果だろうと感じた。そしてある看護師さんが「覚醒剤やアルコールはもう簡単です」とおっしゃっていたのが印象的だった。
3日目には外来で、条件反射制御法の維持ステージをご自宅で行っている患者様の話を聞くことができた。驚いたことにコントロール飲酒をしているという。先生が酎ハイの缶を見せても全く反応はなく、奥様との記念日に前もって飲酒することを決め、生活を楽しんでいる様子だった。また、反復する行動が規制薬物摂取だった患者様には尿検査を行い、第二信号系に対し法による抑止力による働きかけも行っていた。実際に検出検査の手技までさせていただいた。しかし先生は仮に尿検査で規制薬物が陽性になっても、取締機関には通報せず、患者様が受け入れれば2週間以上過ぎて、身体から規制薬物が検出されなくなった時点で麻薬取締官と面接してもらい、法による抑止力を処遇に設定しているとのことだった。
最終日に覚醒剤で入院した患者様が、お酒にも問題があるということで、飲酒の疑似を行い、中断したところ、「しゅんとした感じ」つまり萎縮した感覚が生じた。それに対して、覚醒剤に対して設定した制御刺激を行うと、すっきりしたと言い、欲求が見事に治まっている光景を見た。そして病棟のドアを開け病棟内を見た瞬間に安心感に包まれていた。それは病棟内で視認していた光景が制御刺激となり、その患者様に安心感を与えていたのだと思った。こういった光景を自分の目で見て体験し、条件反射制御法に対する確信を持つことができた。
加えて、この条件反射制御法が素晴らしい治療効果を上げているのは病棟で働く看護師の皆さんの働きによるところも大きいと感じた。皆さんこの条件反射制御法を学び続け、目の前の患者様が回復する姿を見て信念を持って仕事をされているからだと思う。
私は現在、研究補助員として毎週1回、午後から病棟で働かせていただいている。私の能力では力不足を感じる。しかしそれはこの条件反射制御法に対する私の理解が不足しているからであり、これからも学び続けていきたい。条件反射制御法により、「依存」と呼ばれてきた病態は完治すると信じている。ただし、条件反射制御法で欲求を止められても生きづらさが残る患者様がいるのも事実であり、そういった患者様が維持ステージを地域で続ける受け皿づくりということも、将来の私の目標として日々精進を続けていきたいと考えている。
今、ある看護師さんの「研究補助員は家族だ」という言葉が、私に勇気を与えてくれている。そして、微力ながら平井先生の「世界を変える」お手伝いが出来ればと思っている。
解説
CRCT(条件反射制御法)を学び始めたばかりの会員にとっては理解が困難なところがあると思われるので、平井愼二(下総精神医療センター)が解説する。
■入院している患者が落ち着いていたのは制御刺激設定ステージの効果であるとする記載について
CRCTの最初のステージが、制御刺激設定ステージである。このステージでは開眼して病棟の中の物から視覚刺激を受けて制御刺激を行い、しかし、その後に過去には獲得した生理的報酬がないことを反復する。従って、病棟内の視覚刺激は、反応として、生理的報酬を獲得する反射連鎖が作動しない現象が生じるようになる。つまり、過去に反復した行動は始まらず、欲求に原因する焦燥などは生じず、病棟は穏やかな空間になる。
■覚醒剤摂取行動に対して成長させた制御刺激が飲酒行動に対しても効果的であった場面を見たことに関する記載について
上の記載は添削を怠ったものではない。
行動の進行は自動車の進行と同様に方向性と駆動性に関わる機能が別個にあるようである。
例えば特定の行動Aを促進する第一信号系の反射連鎖の駆動性は自動車のエンジンのように理解できる。つまり、特定の行動Aに対してよく鍛え上げられた制御刺激はその行動を促進する方向性を司る反射連鎖を抑制し、また、ブレーキをかけるように駆動性を抑制する効果を発するのである。
従って、異なる行動Bが反射連鎖により司られており、その行動Bが過作動状態に至っても、行動Aをとめる効果を十分にもつ制御刺激を作動させるとブレーキがかかるように駆動性が治まる。行動Bの過作動を、行動Aをとめる制御刺激を作動させることで、とめられるのである。
【万引きの疑似を行うために仮想店舗に仕立てた集団精神療法室】
■「覚醒剤やアルコールはもう簡単です」について
物質摂取反復は、その行動を司る反射連鎖の本流を、条件反射が構成する。条件反射は、生後に獲得した反射であるので、その作動の後に生理的報酬がない現象を反復すれば容易に抑制される。従って、物質摂取反復の欲求はCRCTにより消失しやすい。
一方、万引きは、狩猟や採集で始まりときに貯蔵し最後に摂食する摂食行動の開始部分の過作動である。また、痴漢行為は、視認して、接近して、接触して、脱衣して、性交するという生殖行動の接触の部分の過作動である。万引きも痴漢行為も生まれたときにすでに遺伝子に組み込まれている無条件反射が本流になって構成される本能行動の過作動である。無条件反射は生物の誕生から現在までの長い進化を経て成立したものであるので、その作動の後に生理的報酬がない現象を反復しても、それを成立させた時空の大きさと比較するとどれほどでもない一世代の内の治療者による関わりでは抑制されないのである。そうすると、本能行動の過作動は抑制できないのではないかとも浅薄には感じてしまうが、そうではない。本能行動の過作動を生じている反射連鎖の内の条件反射の抑制を狙うことで全体の反射連鎖の作動性を落とし、欲求を消すことができる。
しかし、本能行動は物質の薬理作用がなくても環境からの刺激に対する反応で生理的報酬が生じるのである。つまり、CRCTの疑似あるいは想像のつもりでも、治療者の計画を越えて、第一信号系は生理的報酬を生じることがあると考えるべきである。例えば、万引きの疑似において、患者が職員の目を盗んでチョコレートの空箱をポケットに入れて疑似を完了し、自室に持ち帰ることに成功した場合、チョコレートは入っていないことはわかっているが生理的報酬は出ていないとは言い切れず、万引き行動はさらに強化されるかも知れない。
従って、本能行動の過作動を制御するCRCTにおいては注意するべきところが多いが、後天的な反射が本流である物質摂取反復を生じる「覚醒剤やアルコールはもう簡単です」ということになる。