会員の皆様
お元気でしょうか。
研究会やフォローアップ研修に参加された方にはお目にかかっておりましたが、∞メールの前号は2023年8月6日発信でした。また、条件反射制御法研究第11号も発行が遅延しております。学会誌作成と臨床での実務等に時間をとられ、このような事態に至りました。皆様に、深くお詫び申し上げます。
その原因は、私の見込みが不十分であったことが最大のものです。また、別の一因として、信号系学説の理論において不明確なままであったことの解決を優先させ、その成果を学会誌に掲載するために、発行を遅延させる選択をしたことがあげられます。
その成果がもつ意味を、経過を示して説明します。
逸脱して同一行動を反復する患者に私が専門的に対応し始めたのは1989年であり、当初から対象者による規制薬物摂取という違法性に援助側の者がどのように対応するかは大きな問題であると捉えていました。この問題は1999年の始めに援助側と取締側による∞連携を構想し、援助側の対応に限れば、現在の知識をもって検討しても、その時点で解決したと考えます。∞連携は治療も刑罰も準備し、それらの効果を同時に一人の対象者に提供できる連携体系であり、それを支える援助側による対応を見つけて、現場で実行し始めたのです。この方法は当会ホームページの∞連携支持施設の頁に掲載されていますのでご覧ください。
ところが、∞連携の構想における刑事司法体系の態勢は、現在の知識をもって検討すると、概容は正当ですが、明確に示していないところを残すものであったのです。
私の過去の臨床では、薬物乱用者への精神科医療は、幻聴や妄想への対応が主でした。ところが、売人の顔を見ると腸蠕動運動が高まるという患者による不思議な話を聞き、それが気になり続け、調査・検討を重ね、2006年に条件反射制御法を開発しました。はじめはその技法を覚醒剤への欲求を抑制するために開発しましたが、後に他の逸脱した反復行動にも用いて強い効果が見られました。それらから、技法が基づくパヴロフの信号系学説はヒトが行動する本当のメカニズムを説くものであると知りました。
そのメカニズムつまりパヴロフの信号系学説に照らし合わせて、2013年頃には、反復する行動に対応する体系を検討し始めました。その後、当会の会則にも活動の目的に社会制度の研究を行うことを盛り込みました。治療技法も刑事司法体系も対象はヒトであるので、両方のはたらきかけにおいてヒトの行動に関する理解は共通でなければならないのです。
そして「薬物乱用に対応する者の役割と連携」をテーマにして2022年9月に第11回学術集会を開催し、「∞連携を精査する」というシンポジウムを組み、議論しました。その議論等により、∞連携の理論において取締側が実務で行動制御能力を判定する考え方を私が示しきれていないことを明確に意識し、その欠落の重大性に気づきました。
それまでは主に第一信号系のメカニズムに焦点を当てて検討し、一つの行動に関して第一信号系と第二信号系のいずれが強いかが、行動制御能力の有無を決定するものであるという見解にとどまっていました。私は学術集会の後、規制薬物乱用者の思考が強制処遇の意味を判断して、行動する一つの根拠にするという当然のことに再度着目して、整理し始めました。テーマを「薬物乱用に対する援助側と取締側の∞連携を精査する」とした特別研究会を2023年4月22日に開催し、私は行動制御能力を判定する考え方を報告し、参加された方々と議論しました。その報告を元に、学会誌の作成にとりかかったのです。
ところが、書き著し始めると、行動制御能力の判定において特定の行動を促進する反射連鎖の作動に抵抗する思考の強さが重要であることから、思考が生じるメカニズムを解明しきれていない不全感が増してきたのです。これが信号系学説の理論において不明確なままであったことです。この問題は、信号系学説と対応体系の関係に気づいてから10年ほどの間に、ときに検討しながら解明に至らず、くすぶり続けていたのです。さらに今、後天的な反射の連鎖が本流となって生じる薬物乱用において正しい思考のメカニズムを用いて行動制御能力を論じておかなければ、後に、先天的な反射の連鎖が本流となる生殖や摂食にかかわる逸脱における行動制御能力の整理が、より困難になるという危機感も生じました。私は思考の成立機序の解明に再度取り掛かりました。
時間はかかりましたが、これまでの第一信号系に関する検討が大きな糧となり、第二信号系において思考が成立するメカニズムを把握し、書き表すことができました。その過程において、予想もしなかったことですが、意識というものの成立機序も把握しました。その把握は、これまで日常で聞く「意識的」「無意識的」と表現する精神活動にも合致します。また、その把握により、私が第一信号系は無意識的、第二信号系は意識的と表現する意味も自分自身でより深く理解できました。この検討で把握した思考の成立機序は、第11回学術集会で開いた二つのシンポジウムの内の一つであり、今号の特集の焦点でもある「回復支援施設と精神科医療施設の連携」に強く関係するものでもあります。
このような経過で、それらを表す論説の完成を優先させ、条件反射制御法研究第11号の発行を遅延させる選択をしました。第11号に掲載する私による検討とそれに関係する会員の方からの見解は、行動制御能力の有無を判定する方法のあり方を相当な程度に突き詰めています。刑事司法体系と治療体系の連携を進める議論を展開するために、多くの研究者や実務家に向けて主張する案として十分なものであると思われます。また、反復する行動に援助的に対応する精神科医療と回復支援の連携のあり方に関する検討も牽引するものになるはずです。
現在、出版社による最終作業が進んでおります。
近々発行される条件反射制御法研究第11号にご期待ください