会員の皆様
新型コロナウイルス感染症の流行は、現在、日本では小さい規模になっています。
ウイルスは動物の細胞に入り、動物の生きるシステムを利用して増殖し、その動物を病的状態に陥らせます。新型コロナウイルスはそれらの力が強く、多くのヒトを死に至らしめました。ヒトは感染を回避するために、人混みを避け、手指の消毒をし、マスクをするなどの対策をしました。飲食業者は営業の縮小を指導されました。ワクチンが開発され、用いられました。これらの対応は科学的に効果のあるものとして求められたものであり、経済対策との調整もありますが、それらの対応を実行できた社会において、新型コロナウイルス感染症は早くおさまるのでしょう。
今回も、人類は絶滅せずにいられそうです。
さて、ウイルスの動きは反復する行動に似ています。そのように感じるのは、ウイルスが動物の生きるシステムを利用して増殖するところです。反復する行動はヒトが進化してきたシステムを利用して、ヒトを社会生活から逸脱するまでに至らせるからです。そして科学的な対応をすることにより、ヒト側が勝てるというところも似ています。
逸脱した反復する行動の正体をしっかりと見極め、対応する手立てをして、あきらめず、治そうとすることにより、勝てるのです。
CRCTを受けた方からの報告
私の性嗜好障害とCRCT体験記(3)
- 性的欲求は残るものの、生きづらさは軽減されました -
R.O.
(2021年6月13日寄稿)
入院して2ヶ月ほどで想像ステージや書き出しを終えて、内観に移りました。2畳ほどの和室で、今まで自分がお世話になった人たちのことをじっくり考えるのです。精神病院に入院中という人生のどん底の最中であるように思うこともありましたが、今まで他の人から助けていただかなければおそらくもっと酷い状態になっていたのだろうなと思います。私は、精神面はさておき身体面は極めて良好です。それは母が私を健康な身体に生んでくれ、育ててくれたからです。改めて両親をはじめ多くの方への感謝の気持ちが芽生えました。その後は維持ステージに入り、入院2ヶ月半ほどで退院となりました。
入院中にはスタッフの方をはじめ、同じ入院患者にもとても助けられました。刑務所では私のような性犯罪は打ち明けづらいのですが、ここでは誰一人として私のことを差別しなかったことをとてもありがたく思っています。短い運動時間に小さいスペースながらサッカーに付き合ってくださった患者仲間にも深く感謝しています。気分が沈みがちな入院中の唯一の気分転換になりました。
入院中の患者のほとんど全員が学生時代にいじめられた経験がありました。「悪かったこと」でそういう経験を書くのが本当に辛いという話を患者同士でよくしたものです。私だけではないのだと救われたような気持ちになったと同時に、いじめられた体験が各々の障害や駆動性に大きな影響を与えているようにも感じました。
また、特に同じような犯罪をした患者の話には少なからぬ嫌悪感を抱き、「なんて身勝手な言い分なのだろう。私もこの人と同じようなことを女性にしてきたのだ」と気付かされました。どの犯罪でもそうかもしれませんが、誰かから理念を押し付けられたり説得されたりするのではなく、自分の過ちに自分自身が気づかなくては根本的には反省できないのだと思います。
退院前に「広汎性発達障害」という診断も受けました。私に精神障害があることは大きなショックでしたが、同時に今までやけに生きづらさを感じていたことや治療がうまくいかなかったことの謎が解けたような、納得したような感覚もありました。30代になってから初めて発達障害と診断されるケースは珍しいかもしれません。私は分野によってかなり偏りがあるものの全体的なIQは高く、それでかえって気付かれにくかったのだと思います。私が幼少期から発達障害だと診断を受けられていたら、学校生活や他者とのコミュニケーションももう少しうまく対処でき、学校でいじめられることもなかったかもしれません。今となってはどうしようもないことですが、それがとても残念に思います。今後はどうか発達障害の子供を見つけ出し、適切な対応をしてあげられる社会になっていくことを切に願います。
発達障害は、物質使用障害や私のように本能行動の過剰な作動が併発しやすいと言われていて、通常とはやや異なる治療アプローチが必要になると思います。例えば「電車の中で勉強をして頑張っているように見える女性には痴漢をしない」「痴漢は良いが、強姦など他の性犯罪は酷すぎるので行わない」など、私の中で決められたマイルールが存在しました。「発達障害者は新奇のことをとことん追求し、自分の中でのルールやルーティンを定め、それを徹底する傾向がある」ことを知ったとき、自分の考え方の歪みや傾向にも気付かされました。
近年、発達障害の過剰診断が問題になっているようですが、医師、看護師、作業療法士などが付きっきりでの約3ヶ月の入院を経ての診断は、極めて信頼がおけると思います。CRCTの効果という面だけでなく、合わせて他の障害や個別の問題点の診断をしっかりできる所もこの入院プログラムが優れている点だと思います。医師や看護師の方々は私たち患者が言っていることを否定しないため、本音も言いやすい環境でした。
痴漢行為に対する私の刑期は短かったため、今まで刑務所内で私は再犯防止プログラムをほとんど受講できませんでした。受講できたとしても、刑務所の関係者に対して本音で話せるとは到底思えません。受刑者全員の目標は「一日でも早く仮釈放を得ること」ですから、自分が刑務所から悪い評価を受けそうなことを述べるのは相当困難だと思われます。実際に刑務所で再犯防止プログラムを受講した10名以上から私は話を聞いていますが、本音を話せたという方は皆無でした。刑務所内での現在の認知行動療法プログラムは効果がないとは言いませんが、限界があるのではないでしょうか。(法務省の発表によると、現在刑務所で行われているプログラム受講後の再犯率の差は、刑期が比較的長い強姦罪では顕著だった一方、強制わいせつ罪や痴漢などでは明確な差が出ていない「日本経済新聞2020年3月27日より」)。
その点、他と比べてCRCTは矯正施設でのプログラムにも向いていると思います。例えば、認知行動療法では女性に対する思考を判定するために「女性はときに見知らぬ男からレイプされたいと思っている」などの質問が書かれています。少し頭が働く受刑者であれば、自分が仮にそう思っていたとしても本音を回答しないはずです。逆にCRCTの場合、刺激を与えた時に「快感や興奮を全く感じない」と回答すれば、それはとても疑わしいものになります。始めはむしろ刺激に対して「快感をむさぼるように味わう」のであり、導入時に極めて本音を引き出しやすいプログラムだと思います。ただ、どうすれば次のステージに進みやすいか他の患者から聞くことが可能であり、刺激に対する反射症状の観察票(自分が感じた身体の反応、気分、症状、感覚など)をどのように記入すれば良いのか患者がコントロールできてしまうところが、今後の課題であると思います。知能の高い患者は、どのようにすれば良いのか、治療者がどのような反応を期待しているのかうまく振る舞うことができてしまうのです。患者は私のように自主的に入院してきたものだけでなく、家族、他院、裁判所、社会復帰施設などから送られてきた人も多く、各患者のやる気の差はとても大きかったです。
また、特にアルコールや覚醒剤などの物質障害の患者からは「やりたい欲求がなくなった」という声を多く聞きましたが、性犯罪患者からは私も含めて完全に欲求がなくなったという声をほぼ聞きません。私の中で痴漢に対する欲求はいまだに根強く残っています。三大欲求の一つである性欲自体を取り除くことはおそらく不可能で(むしろ完全に取り除いてしまうと別の問題が発生するかもしれません)、過食・摂食障害や性犯罪などの本能的欲求に関する問題行動に対しては、今後もう少し別のアプローチも必要になるだろうと個人的には感じています。他の障害(特に物質障害)に対しては「欲求がなくなる」ことがゴールかもしれませんが、これらの障害に対してはあくまで「たとえ欲求が起きたとしても問題行動を起こさない」という目標になるのだと思います。もしくは私のようなケースだと、性欲は残っていても痴漢などの性的問題行動に対する欲求は取り除けている患者がいるのかもしれないので、正直なことを言ってしまうと私が治療成功例なのかどうかはわかりません。たとえ欲求が残っていても今後再犯しなければ良く、逆に欲求があまり感じなくても再犯をしてしまえば失敗例となってしまうので、要経過観察といったところでしょうか。
CRCTの全国的普及に関しては、CRCT導入後の再犯率、失敗例、再犯したときはなにが原因だったか、患者に対する向き不向き、物質障害と行動障害の違いのデータの蓄積・分析・開示などが今後求められてくると思いますし、私以外の患者にとっても非常に興味がある事柄だと思います。あくまで私の経験からの感覚ですが、患者への日本の刑事施設や医療施設、メディアの対応は「どうして事件が起きてしまったか」をかなり追求しますが、「今後どのように防いでいくか、治療していくべきか」「同じような問題が社会に眠っていないだろうか」という視点には欠けていると思います。欧米からの治療法だけでなく日本発のCRCTの導入が進み、一人でも多くの患者が救われていくことを願っています。
現在の私は退院して6ヶ月ほど、精神保健福祉手帳3級を受け取りました。維持ステージを行い毎月病院へ報告に行っています。正直面倒で嫌に感じることも多いですが、自分の近況を話すことによって心が軽くなるのを感じています。自分の障害を適切に知ったことによって、少しずつですが日常のストレスや過剰な本能行動に対処できるようになってきたと感じられるようになりました。このまま通院を続けて、今度こそ新たな被害者を出してはいけないと強く思っています。
解説
CRCT(条件反射制御法)を学び始めたばかりの会員にとっては理解が困難なところがあると思われるので、平井愼二(下総精神医療センター)が解説する。
・性嗜好障害と物質使用障害の差異
上記の寄稿において、「アルコールや覚醒剤などの物質障害の患者からは『やりたい欲求がなくなった』という声を多く聞きましたが、性犯罪患者からは私も含めて完全に欲求がなくなったという声をほぼ聞きません。私の中で痴漢に対する欲求はいまだに根強く残っています。」という記載がある。
R.O.氏がもつ上記の内容は現場ではたらく我々が感じているものと同じであり、また、それは各行動が生じる次のメカニズムと合致するものである。
覚醒剤やアルコールの摂取をやめられない状態は、その行動を生後に反復したことによりそれらの行動を司る反射連鎖が新たに成立し、過剰に作動することにより生じるものである。従って、その反射連鎖の本流は条件反射(後天的な反射)が構成する。条件反射は、生後に獲得した反射であるので、刺激を入れて、その反射を作動させ、後に生理的報酬がない現象を反復すれば、容易に抑制される。従って、物質摂取に対する欲求を完全に消すことはCRCTにより容易である。
一方、痴漢行為は、生物を38億年程前から存続させてきた生殖という現象を司る反射連鎖の過剰な作動である。生物が植物と動物に分かれた後も、動物は対象を知覚し、接近し、接触し、その後、動物全体ではさまざまではあるが、各動物種においては定型的な様式で生殖がなされる。現実に生じる生殖行動の流れ全体を司る反射連鎖においては、おそらくは対象を知覚して接近するまでは条件反射(後天的な反射)が多く混在するが、接触から完了までは無条件反射(先天的な反射)が多くなり,最終部分では全てになる。また、無条件反射(先天的な反射)は38億年程前から前世代までにおいて自然淘汰を受け、現在に存在するものであり、現世代のみでは抑制はできない。
その無条件反射(先天的な反射)が痴漢行為の本流であるので、完全に消すことは自然の法則を利用したCRCTでは不可能である。
そうすると、CRCTでは本能行動の過剰な作動は抑制できず、欲求は強いままではないかとも浅薄には感じてしまうが、そうではない。本能行動の過剰な作動を生じている反射連鎖に混在する条件反射を抑制することで全体の反射連鎖の作動性を低減させ、欲求を低くして、第二信号系の制御下に治めることができる。
R.O.氏はその状態に至り、性欲はあり、痴漢行為への欲求も残っているが、過去の強さをもつものではなく、従って、痴漢行為には至らず、社会生活を正常に送っているのである。
・「患者に対する向き不向き」について
上記の記載は、対象の患者の特性を検討してCRCTを用いるべきか否かを検討するべきであるという考えであろうが、そうではない。
ヒトには多様性があるが、行動が第一信号系と第二信号系で生じるということは万人に共通である。わかっちゃいるけどやめられないという病態は、特定の行動に関して第二信号系の制御を超えて第一信号系の作用が生じるという現象であり、これも反復する行動に悩まされている者に関しては共通である。
しかし、ヒトの行動が生じるメカニズムに関して、これまでヒトの第二信号系が過度に作用して作ったさまざまな概念がノイズになって、あるいは、重要な作用を見落とし、本当の行動メカニズムを把握していなかった。従って、個人を対象にした治療技法においても集団を対象にした対応体系においても、さまざまな的を外れたものが存在してしまう。
CRCTは、わかっちゃいるけどやめられない状態に陥った者は全て、標的の反射連鎖の過剰な作動を抑制するために受けるべきである。受けなくても反復する行動を第二信号系の制御下に置くことが出来る者はたくさんいる。しかし、効果が不良であり、欲求が残るので、回復するが治癒はないという理解が出てくる。楽に生活する状態に早く安定するためには、CRCTで第一信号系にある過剰に作動する反射連鎖を抑制することが必須である。
その上で、社会生活を送るために、十分な生活習慣が身についていないものに対してはそれに応じた異なるはたらきかけを受けるべきである。