会員の皆様
今、日本でオリンピックの開催中です。選手達の活躍を聞くと良かったと感じますが、一方で、すでに増え始めている新型コロナウイルス感染症患者の数が、オリンピックの後にはどうなるのだろうと心配です。
さて、当学会の第十回学術集会まで、残り2か月を切りました。今年も昨年に続き、オンラインで開催します。これまでの条件反射制御法の変遷と、今回の学術集会の概案についてここで簡単にお伝えします。
当初、条件反射制御法を開始したときに対象としたのは、覚醒剤を使用する行動の源とも思える欲求でした。試みの初回に強い反応があり、また、それらの反応は反復により急速に抑制されました。覚醒剤摂取行動は、後天的な反射が本流である反射連鎖の作動により生じるものです。後天的な反射の変化は早いのだと、反射という現象に対する理解を新たにしました。
一方で、痴漢行為や万引きなどの先天的な反射が本流となる行動に関しては、先天的な反射は1世代では変化させられないので、消せないであろうと考えました。しかし、出生直後のヒトを除き、定型的な行動を司る反射連鎖は先天的な反射と後天的な反射が混ざり合ったものであるので、本流を構成するのが先天的な反射であっても、反射連鎖の構成要素となっている後天的な反射連鎖を抑制することで、全体の反射連鎖の作動性を落とせると考えました。
また、行動の要素を自動車のハンドルとエンジンのように方向と駆動に分けた場合、痴漢行為や万引きを反復する者達の第一信号系は、環境からの刺激に過敏で強く駆動する状態になっており、その高い駆動性という要素に対応しなければならないことも対象となる方の生活歴を聴取することで見つけました。
さらに、先天的な反射が本流となる本能行動の過剰な作動を抑制する際に、生理的報酬が生じないことを基本とし、その上で標的の行動をどこまで再現するかという問題も、臨床で経験を積むことにより把握しました。
ここまで記載した問題に対する解決法は、これまでの学会誌に記されているので、ここでは一部のみを記載しましたが、それらの方法を結集させて、幼少期のトラウマが原因になった逸脱行動にも効果を上げつつあります。
そのような流れもあり、今回の学術集会のテーマは「トラウマと逸脱行動」になりました。
学術集会には日本EMDR学会理事長市井雅哉先生をお迎えして、ご講演をいただき、私と対談していただきます。EMDR(眼球運動による脱感作と再処理法)はトラウマに対する効果が高く、複数の国々で広くもちいられている技法です。トラウマの解決を焦点にして、市井先生のお力を借りて検討を深め、条件反射制御法の効果をさらに高めたいと考えています。
また、今回の学術集会では、「本当はどのような有責性があるか」というシンポジウムもあります。薬物乱用、万引き、痴漢等をするヒトの何が本当に責められるのだろうかということを弁護士であり条件反射制御法の会員となっている三人の先生達からご報告をいただき、検討します。
皆様、是非、ご参加ください。
CRCTを受けた方からの報告
私の性嗜好障害とCRCT体験記(2)
- 今まで刷り込まれていたことが徐々に剥がれていく感じでした -
R.O.
(2021年6月13日寄稿)
せっかく3ヶ月も入院するのだから、私は自分自身に二つの誓いを立てました。一つ目は、万が一もし途中で効果が感じられなかったとしてもやりきること。二つ目は、正直に自分の気持ちを述べることです。CRCTに限らず心理療法は自己申告の回答に頼る部分があるので、嘘をついてしまうと治療効果は限定的になってしまうと思ったからです。
入院してまずは制御刺激の「おまじない」を設定して繰り返しましたが、初めのうちは全く効果を感じられませんでした。少し焦りを感じましたが、疑似ステージに入っていきました。
疑似では実際に痴漢をしているようにマネキンを触るのですが、初めの方は付き添いの看護師さんの目がとても気になりイライラしました。とにかく周囲のささいな物音や匂いにも過剰なまでに敏感になりました。痴漢に集中したいのに集中できない感じがとても嫌でした。動悸が高ぶり興奮しているのに、同時に自分のしていることに恥ずかしさも感じました。マネキンを抱きかかえるとなんだか心が落ち着くような安堵感も得ました。興奮と安堵、喜びと嫌悪、矛盾した感覚が私の中でごちゃごちゃして苛立ちます。そこでおまじないをした所、そのような感覚がすーっと収まるのを感じました。これにはとても驚かされました。
しかし疑似を100回ほど繰り返しても、おまじないをしないと触ったときの興奮は変わらず全く収まりませんでした。私はとても焦りましたが、170回くらいでいきなりなぜか反応が現れなくなりました。疑似でマネキンを触っているうちに、自分はどうしてこんな醜いことをしているのだろうと突然思い始めてきました。今までカメラがフォーカスするように痴漢のターゲット(被害者)しか見えていない感じだったのが、映画のように第三者的視点で加害者である自分の姿も見えるようになってきたのです。今まで痴漢をすることが喜びと快楽の最たるものだったのが、段々とくだらないことや酷いことに思えてきました。
気がつけばマネキンはただのマネキンになっていました。初めのうちはマネキンはかなり本物の女性のように思えていたのが、そう思えなくなりました。疑似当初は人間の体温のような温度覚すら感じ、150回くらいまでは触っていると本物の女性の肌のように感じていたものが、いつのまにかゴツゴツとしたマネキンの触感になっていました。
私にとって一番辛かったのは次の想像ステージでした。たかだが想像だと思っていましたが、実際にマネキンを使った疑似よりもはるかに刺激を感じました。疑似は病院の一室にマネキンが置かれているのですが、想像は自分の頭の中においてじっくりターゲットを発見し、自分の好きなように追いかけて触ることができるのです。しかもそれはいわゆる自分の痴漢の成功体験を思い出すものなので、刺激の強さは比較できないものでした。できるだけしっかり想像するために今までの体験をノートに書き出していくのですが、それだけでものすごい興奮が私を襲いました。私にとっては実際に触るだけでなく、ターゲットになり得る女性を発見し、それを追跡して痴漢するまでのわずかな待ち時間も大きな刺激になることを発見しました。
始めの10回ほどは興奮で楽しかったのですが、じきに痴漢したいのにできないような、想像中はとても興奮するのにどこにもその先の行き場がないような感覚に襲われました。想像ステージに入ってから、周囲のわずかな物音すら想像中の集中を遮ってくるような感じがして、とても気になるようになりました。いつもは全く気にならないような患者や看護師の話の内容、ささいな話し方や仕草などにもとにかく苛立つようになりました。耳栓を使ったり、時には布団をかぶったりもしましたがあまり効果はありませんでした。私は雑居生活に耐えられなくなり、想像ステージ5日目にわがままを言って独居に変えてもらいました。そのおかげで想像にじっくり入りこめるようにはなりましたが、私は身体が強く寝付きも良いのですが、ステージ6日目の想像69回目の観察票には「先ほど下痢になり、この数日喉が痛い。夜中に何度も目が覚める。ストレスがかなりかかっているのかも。しんどい」と書いていて、71回目には「何が辛いのかわからないけれど、ただただしんどい。そういえば疑似も100回前後が異常に辛かった気がする。なんにもやる気がしない。身体が重い。でも想像している時は楽しい気分もあり矛盾」という感じになりました。想像後はかなり疲れてぐったりしました。この時は刑務所よりもストレスを感じていたと思います。
とても辛く永遠に改善されないのではと思いましたが、160回くらいから想像がうまくできなくなり、頭の中で動画から静止画の連続のように変わっていきました。想像に入りこみにくく、内容の濃度も薄くなっていきました。例えれば、はっきり見えていた映像が少しずつモヤがかかるような感じでしょうか。200回を超えたあたりから、自分が実際にしたことを思い出しているのになんだか非現実的な感じがして、うまく想像できなくなっていきました。いつのまにか口内炎は治り、体調もよくなっていきました。条件反射的に自分に今まで刷り込まれていたことが剥がれ落ちていくような感覚でした。
入院して疑似や想像ステージへと進む中で、並行して今までの自分の人生で「良かったこと」「悪かったこと」100個の詳細を書き出していきました。どうか実際にご自分のことを思い浮かべてみてください。100個もすぐに思いつく方はまずいないと思います。しかも1つにつき800字以上記述していくのです。800字×200個=最低でも160,000字以上書くことになります。これだけで新品のボールペンを3本、ノートを3冊消費しました。
時間をかけて苦労した甲斐はあったと思います。留置所や刑務所などで自分の人生を振り返る機会は何度かありましたが、実際に文字にすることによって自分の中でまとまっていきます。医師や看護師にチェックしていただくため、堂々巡りになりがちな考えも、原因と結果、時系列、誰がどこで何をしていたかなどが自分の中で明確になっていくのです。
「良かったこと」に取り組んだことによって、自分が今までいかに多くの方からお世話になっていたかということ、自分の人生は不幸の連続であったように思えていたのが実際は幸運にめぐまれていたこと、絶望した中でも意外と希望はあることに気付かされました。入院中ほとんどの患者が「どうして自分はこのように精神病院へ入院することになってしまったのだろう。自分の人生はどこで間違えてしまったのだろう」と、どん底の思いでいます。そのような中で自己肯定感を保ち、今後の人生に希望を持ち続けることができました。
「良かったこと」は、書くこと自体はボリューム面で大変ですが、書いていて気分がよくなることが多いです。対して「悪かったこと」は書いていてどんどん気持ちが沈んでいきます。誰しも積極的に思い出したくなく、できるだけ目をそらして考えたくないことのはずです。環境からのストレスに対して過剰に反応、それによって犯罪行動につながることを抑制するために、これらの書き出しと読み返しが行われています。取り組んでいる最中は本当に憂鬱になり辛かったです。しかし私にとっては少しずつ時間が経つにつれ、書き出したことによって重い荷を下ろしたように楽になる感覚もありました。今まで誰にも言えなかったことを放出して軽くなったような感じになりました。カウンセリングでも同じような効果は見込めると思いますが、特に本当に辛かったことを対面で述べることは精神的に動揺し、支離滅裂になってしまいがちだと思います。じっくり文字にすることによって、ゆっくり肩の荷を下ろしていけるという大きな効果を感じられました。
解説
物質使用障害に対するCRCTのみを学んだ方が上記の手記を読み、同様の手順で痴漢行為や万引きに対してCRCTを用いると効果が不良であるので、平井愼二が解説を加える。
動物のパターン化された行動は、誕生した直後を除き、全て先天的な反射と後天的な反射が混在して構成された反射連鎖の作動により生じる。
物質使用障害を司る反射連鎖の本流は後天的な反射が作り、物質を体内に取り込む最終行動まで多くの後天的な反射が関与する。一方、痴漢行為や万引きを司る反射連鎖の本流は先天的な反射が作り、特に、元の行動である生殖や摂食の最終部分の行動を司る反射連鎖には先天的な反射の割合が多いと考えるべきである。なぜならば、同じ動物種においては、生殖行動や摂食行動の最終部分あるいは重要な局面においては同じ行動をするからである。
また、反射の抑制は、後天的な反射は可塑性が高く臨床的に可能である。しかし、先天的な反射は太古から親までの世代の行動により淘汰された反射であり、変化は進化的に生じるのであり、つまり、臨床的には抑制されない。
CRCTの実施において、終末に生理的報酬がない設定で疑似や想像を行っても、反射連鎖の構成において先天的な反射の割合が多いと考えられる部分の再現を行う方法で反復すると、反応の低減がなかなか観察できないことを経験した。
ところが、そのようなケースにおいても、標的行動を司る反射連鎖の再現において明確な失敗を作ること、あるいは、先天的な反射連鎖の割合が多いと考えられる部分に入る前の後天的な反射の割合が多いと考えられるところで空振りに終わらせることで、反射の抑制が良好に観察された。
さて、上記手記を投稿してくれたR.O.氏は平井が勤務する病棟でCRCTを受けたが、他の医師が主治医であった。平井が手記を読み、生じた疑問について直接R.O.氏に問うたところ、次のように詳細な説明をくれた。
主治医にいつも相談に乗ってもらっていた。それに従い、痴漢行為の疑似でマネキンを触る時間は、おそらく5秒以内にできていた。想像でも、触ろうとしたら触れなかったと想像するように指導を受けていたが、最初の100回目くらいまではうまくいかず、満員電車でかなり密着して触って、その後、スカートの中に手を入れるなどのもうワンステップ踏み込んだときに対象が逃げるというものになっていた。その後、うまく想像でき始めた。
現在、平井が勤務する病棟では、痴漢の疑似はマネキンに対して5秒以内にしている。これはマネキンを触って、現実の痴漢行為とは異なる冷たく硬い感触を受けて、行動を終えるためである。また、対象を触る自分が作る行動による刺激を受ける時間を短くするためである。仮にマネキンを長時間触り続けると、対象を触る自分が作る行動による刺激を受け続け、それに反応して反射連鎖が作動し始める。その反射連鎖は、生殖行動の終末に近く、おそらくは先天的な反射の割合が高いものである。従って、この部分の反射連鎖を疑似において作動させることを避けている。
また、想像では、痴漢行為の対象を触ろうと手を伸ばしたら、対象が大木になり冷たく硬い木肌を触るというものを指導している。つまり、痴漢行為の想像において対象に触れる瞬間から、行動の失敗であることが明確になる再現をさせている。疑似とタイミングが異なるのは、疑似では対象に触らせてもマネキンの冷たく硬い表面を触り、生理的行動に失敗となる刺激を第一信号系に与えられる。ところが想像では、対象に触る行為を思うと対象の暖かで柔らかい対象の皮膚の感触が再現される。これは、おそらくは生殖行動を司る反射連鎖において先天的反射の割合が急激に高くなった部分の反射連鎖の再現である。
R.O.氏がくれた解説は、正しい方法で想像を行おうとしたが、再現する行動が先天的な反射の割合が多いと考えられる反射連鎖の部分まで入ってしまい、反応の低減がなかなか生じなかったのであるが、後には正しい方法で想像ができるようになっている。その変化は過去の臨床で経験したケースと同様である。
想像が100回目以降になると、その治療作業をうまくでき始めたメカニズムは次のようである。
うまくいかなかった100回目までの想像においても、生理的報酬がない設定で再現した先天的な反射の割合が高い反射連鎖には、後天的な反射が混ざっており、その後天的な反射の作動性は抑制された。従って、反射連鎖全体の作動性が低減し、正しい方法での想像を行えるように第二信号系が作動し始めたのである。
先天的な反射の割合が高い反射連鎖の再現を行う疑似と想像において全体の反射連鎖の抑制が不良な現象と検討に関しては2019年9月に発行された学会誌 第7号 条件反射制御法研究の6-14頁に、「万引きや痴漢行為の疑似と想像はどこまで行うか」に記載されているので、ご覧いただきたい。