会員の皆様
新たな年の幕開けも新型コロナウイルス感染症に翻弄されています。その流行は相当な程度に社会にダメージを与え、各領域で新たな対応が迫られております。条件反射制御法学会も思うように研修会等が開催できず、困難な時期となっており、さまざまな対応策を打ち出してまいります。
昨年の学術集会のように、Zoomによる研究会と研修会を積極的に開催する予定です。
研究会はさまざまな領域から造詣の深い先生を招きます。
研修会では基本的なところに加え、条件反射制御法の技法において、近年、進んだところをお伝えいたします。会員の皆様には実務での条件反射制御法の利用を通して、広く強い効果を実感し、お知り合いの方にもこの技法を紹介していただきたいと思います。
新型コロナウイルス感染症流行への対応策とは外れたものになりますが、条件反射制御法学会は、反復する行動に対応する社会制度の再構築を支える研究も行うことを目的に掲げており、今年は、薬物乱用などの違法行為を援助側施設から取締機関に通報せず、しかし、取締職員が治療に参加する処遇を展開するために、持続的に取締機関にはたらきかけ、普及のための検討を進めていきます。
CRCTの効果を向上させるワンポイントレッスン
体験の書き出しと後の読み返しに続く20単語の書き出し
条件反射制御法学会
会長 平井 愼二
条件反射制御法は、覚醒剤への欲求を抑制する試みとして下総精神医療センターで2006年6月に開始されました。当初は、現在の条件反射制御法の制御刺激と疑似のみの不完全な形でした。それでも他の治療法とは大きく異なる強力な効果がありました。
覚醒剤を乱用していた患者さんに疑似摂取をしてもらうと、快感に身をよじりました。また、アルコール症の患者さんの疑似を中断すると、苦悶が生じ、それから逃れるために患者さんが自ら制御刺激を行い、苦悶から解放され、安堵のため息を大きくつきました。そのような激しい反応も、治療作業を重ねると生じなくなり、日常においても覚醒剤やアルコールへの欲求が湧かなくなったのでした。
そのように物質使用障害に対する条件反射制御法の効果は絶大でした。下総精神医療センターの専門病棟は40床であり、そこに入院する患者さんの全員を対象にその技法で対応できるように職員の役割分担を整え、また、その技法の手順を整えていきました。そうしていたときに、2010年のことになりますがPTSDを発症した患者さんに対応しました。過去の過酷な体験時の刺激が気分の落ち込みを反応として生じさせていました。その方の治療において、気分の落ち込みを生じる反射の抑制を行い、また、制御刺激後によい気分を保つために、制御刺激後に思い出す良かった体験を10話ほど書き出してもらいました。これが後に現在の書き出しのヒントになりました。しかし、思い出してもらった逸話は10話ほどに限られており、また、PTSDだからということでその方法を採ったのであり、直ちには現在の書き出しには繋がりませんでした。
その後、2013年に病的窃盗に罹患した方に対応しました。その方にも条件反射制御法は一定の効果はありましたが、それまでの制御刺激、疑似、想像、維持だけでは効果は不十分だったのです。その病的窃盗に罹患した方の生活歴を聴取すると未成年期に過酷な体験があり、それが原因となって、成人した後に窃盗行動を生じさせているのだろうと感じました。その時点では、その過酷な体験時にあった刺激を治療者が能動的に入れるためには治療者が酷い言葉を患者に対して言わなければならず、援助的にかかわることを業務の基本としてきた医療者には無理だと考え、過酷な体験を限定的に再体験してもらう方法をとりましたが、効果は不十分でした。また、その後、窃盗や食べ吐き、痴漢行為、盗撮、ストーカー行為、放火等を反復する患者さんへの対応を重ねてきて、多くの例で未成年期に過酷な体験をしている方が多いことに気づき、過去の過酷な体験が本能行動の過剰な作動の原因になることを確信するようになりました。
物質使用障害にはそれまでの条件反射制御法が高い効果を表したことに対して、窃盗等にそれまでの条件反射制御法が不十分な効果しか発揮しないことを次のように考えました。
覚醒剤やアルコールを反復して摂取する行動は生まれた後に獲得した行動であり、後天的な反射が本流となる行動です。健康なヒトでも、仮に覚醒剤摂取やアルコール摂取を反復するとその行動が条件付けられて、それらをやめる決意をもっても、摂取する反射連鎖が強く作動して、行動の方向がそれらの物質を摂取する方向に向き、その行動を反復する状態になります。
一方、食べ吐き、痴漢行為、盗撮、ストーカー行為、放火等は防御、摂食、生殖という本能行動が過剰に作動して生じる行動です。本能行動は万人がもつのに、社会に適応する範囲で生じて問題なく生活するヒトと、過剰に生じて社会から逸脱するヒトがいます。その逸脱の主な原因の1つとして、強い駆動性が次のように成立して、元来もつ防御、摂食、生殖を司る反射連鎖に作用するのです。
過酷な体験は第一信号系にとっては死への圧力です。未成年期に過酷な体験を反復することは、第一信号系が成長する時期に、死に至る状況が生じ、それを生き延び、防御に成功して生理的報酬を受けることを反復することです。その体験から、彼らの第一信号系は天敵の多いジャングルで育った小動物の脳のように、環境からの刺激に過敏に素早く強く反応する駆動性を生じる反射が成立しているのです。
従って、上の機序で、本能行動の過剰な作動が生じる患者さんに対して、高い駆動性を生じる反射を抑制することが必須です。
そのような理解に至って、対応方法を模索していたときに過去にPTSDに罹患した患者さんに行ったよかったことを10話書き出してもらったことを思い出し、その作業を応用することにしました。
過去の過酷な体験を100話書き出し、それを反復して読み返すのです。その作業では未成年期の環境からの刺激を再度受け、反射を作動させ、しかし、それを病棟の安全な環境で行うことから生理的報酬を受けません。そうすると全ての動物に共通する性質に従って、未成年期の環境からの刺激に対する反応は弱まり、過敏に素早く強く反応した高い駆動性は抑制されるのです。
それまでの経験から、過酷な体験を書くためにそれを思い出すことはとても強い苦悩を生じることが予想されたので、まずは良かったことを書き出し、その後に辛かったことを書くようにしました。また、最初から長文は困難なので、まずは1話を数行以内で、簡単に幼少期のことを多く、100話書き出します。その後に1話目から100話目までの全てを、1話を800字から1200字に詳細に書き出します。
良かったことの詳細な100話と辛かったことの詳細な100話を完成させた後には、書き出した1話を読んだら、その話を思い出しながら出てきた人、物、声、音、動きなどを順序よく単語で20個羅列します。つまり、しっかりと刺激を第一信号系に入れる作業を行うのです。辛かった体験を読んで、20単語を書き出す作業は当初はとても辛いのですが、徐々に辛くなくなり、そんなこともあったなという感覚になります。
これらの作業を通じて、過去には無意識的に環境中の刺激に反応して第一信号系が高い駆動性を生じて、過去に反復した問題行動や怒り、不安、悲しみが生じていたかもしれませんが、そのような症状がなくなります。
過去の条件反射制御法は制御刺激、疑似、想像の治療作業で構成され、当初の頻回の治療作業で欲求を抑制し、生じても制御刺激で制止できるようにして、維持作業を続けるものでした。今から考えると、過去の条件反射制御法の標的は、主に行動の方向性を司る反射連鎖でした。車に例えると、問題行動にハンドルが向かないようにするのです。
現在の条件反射制御法は、過去のものに体験の書き出しと後の読み返しに続く20単語の書き出しを加え、駆動性にも働きかけるものになったのです。車に例えると、吹き上がりやすかったエンジンを必要なだけ出力を出すエンジンにするのです。
では、物質使用障害の患者さんには未成年期に過酷な体験はないかというとそうではありません。全くない患者さんもいますが、やはり過酷な体験をもち、第一信号系の駆動性が高い患者さんなど、さまざまな程度の患者さんがいます。従って、私が勤務する下総精神医療センターの反復する行動に対する専門病棟では、本能行動の過剰な作動をもつ患者さんにも、また、物質使用障害の患者さんにも、体験の書き出しと後の読み返しに続く20単語の書き出しを用いて対応しています。
この体験の書き出しと後の読み返しに続く20単語の書き出しを開始して、それまでとは異なり、物質使用障害だけでなく、病的窃盗や摂食障害、性嗜好障害、ストーカー行為や放火等を反復する衝動の障害等の本能行動の過剰な作動にも高い効果を期待できるようになりました。逆に言えば、本能行動の過剰な作動に対応する場合は、制御刺激、疑似、想像だけでは治らず、体験の書き出しと後の読み返しに続く20単語の書き出しは必須なのです。
今回のワンポイントレッスンの内容は、条件反射制御法研究第6号2018年8月の26頁から38頁にある「体験の思い出しと書き出しによる本能行動の過作動の制御」に詳細に記載しています。参考にしてください。