∞メール No.38

∞メールの全体は コチラ からダウンロードできます。
一部を抜粋したものを下に掲載しています。

会員の皆様
桜が散り終わる頃ですと書き始めましたが、そうだ、北は今から満開の時期が来るのだと思い直しました。

さて、今年度の学術集会は第11回になり、テーマは「薬物乱用に対応する者の役割と連携」です。今後のテーマについては、来年度第12回は「性的逸脱の反復に対応する者の役割と連携」、再来年度第13回は「窃盗の反復に対応する者の役割と連携」を予定しています。

上記のように反復する行動は、違法性を帯びたものに対しても治療的はたらきかけの対象にもなってきており、対応法の検討がなされています。過去には違法性がない反復する行動に対しても治療的はたらきかけが乏しかったことを思い返すと、反復する行動に対する把握と対応は大きく変化しています。

反復する行動に対する治療は、アルコール摂取反復に対する働きかけが世界ではAAで始まり、それが元になって日本では断酒会が初めてのものだと私は把握しています。アルコールに対する使用障害は、疾病であることを本人が認めることが困難ですが、成人において飲酒は合法です。一方、覚醒剤や大麻に対する使用障害は、疾病であることを本人が認めることも困難であり、また、それらを所持することは違法であり、摂取に関しては、覚醒剤は1951年から規制されており、大麻も近々、規制されるようです。つまり、薬物を反復して摂取する状態は疾病であるだけでなく、違法行為の反復でもあります。そのことが理由になってまずは本人達が治療的な働きかけを受けることに困難性があるだけでなく、治療的な働きかけを提供することにも困難性が伴います。

その薬物乱用に対して治療的な活動を日本で開始したのはダルクであり、その創設者は近藤恒夫さんでした。近藤さんはその人柄から信頼が厚く、多方面で活躍され、当会の活動にもご協力くださっておりましたが、今年2月27日に永眠されました。とても大きな存在でした。近藤さんの足跡は大きく、今後も発展していくのだと期待しています。

平井愼二

ワンポイントレッスン

規制薬物摂取を援助側職員が通報しない態勢について

平井 愼二

援助する現場で疾病の症状が違法行為の反復である病態に対応する者は、対象者の違法行為を取締機関に通報して良いか否かについて考えることがある。このワンポイントレッスンでは、援助の場に現れた者による規制薬物乱用に対する基本的な態勢、並びに、その態勢に辿り着いた道のりと変遷を示す。

現在、覚醒剤等の規制薬物を使用した者に医療の場で医師である私が対応する際に、規制薬物使用という違法行為に対する基本的な態勢は、次の1)と2)で構成されている。その態勢は、私の好みだからという理由ではなく、社会全体の中で援助的に対応する領域と取り締まりで対応する刑事司法体系の関係を考えて辿り着いたものであり、さまざまな援助的対応の場に普及するべきである。したがって、下の文の主語を私にせず、援助側職員とした。

1)援助側職員は対象者の規制薬物使用を取締機関に通報しない。
2)対象者の体内から規制薬物とその代謝物が排出し終わり、証拠がなくなった時点で取締職員と面接することを対象者に援助側職員が勧め、対象者の同意が得られれば取締職員に連絡する。

上記の態勢を見つけるまでに長年を要した。

私は下総精神医療センターの反復行動に専門的に対応する部門で1989年4月から、2年間の出張を挟んで現在も働いている。当初は、取締機関に通報すれば検挙されるはずの規制薬物乱用者を、精神科医療が治療を役割にしていることを理由にして、通報しないことのみを選択して診療をしていたが、不十分であると感じていた。

入院治療を終えた患者が、数ヶ月ほどして、再び覚醒剤を使って入院してくることが反復した。「親を騙して金をとり、売人に金を渡して覚醒剤を入手し、それを使って精神病になった者を、私が精神科医療を使って元気にして、再び覚醒剤を使える状態にして社会に戻している。社会に迷惑をかけている。」と感じていたのである。

一方で、私が医療の現場で対応する規制薬物乱用者を取締機関に通報すれば、本人の問題を解決せず、また、社会に貢献しないことも知っていた。彼らを精神科医療が取締機関に通報する態勢をもてば、薬物乱用者は潜在する。薬物乱用をやめられず、使い続け、病状が増悪し、他害行為に至ることさえある。

規制薬物を使う者に対するはたらきかけは大きく2つに分かれ、それらは取り締まって刑罰を与えるものと、治療し、必要な者に生活訓練を提供するものである。いずれも対象者が規制薬物を使わないようにする作用がある。日本政府も薬物乱用問題に対して、1998年5月に最初の薬物乱用対策五か年戦略(※後にURLあり)を首相官邸から出し、それらの2つの方法を取りあげていた。疾病を表す言葉として不適切であるが「薬物依存・中毒者」には治療と社会復帰の支援を提供する方針であることを記していた。また、「末端乱用者」には取締りを重視して対応することを記していた。

その薬物乱用対策五か年戦略の記載には、誠実さを感じない。その記載の「薬物依存・中毒者」とは薬物乱用に基づく疾病性をもつ群を表す。一方、「末端乱用者」は薬物規制法違反(自己使用)という犯罪性をもつ群を表す。しかし、やめられなくなる危険な薬物は規制する態勢を日本政府がもつことから、「薬物依存・中毒者」と「末端乱用者」のそれぞれの多くが、疾病性と犯罪性を併せ持つ同一の群である。つまり、薬物乱用対策五か年戦略は、薬物乱用者には異なる性質をもつ2つの群があるように記載し、それぞれへの対応を掲げているが、実は疾病性と犯罪性を併せ持つ同一の群に対して正反対の対応をかかげているために、対応する現場の悩みを解決するものではなく、関係機関の連携を発展させるものでもなかった。

私が薬物乱用者への対応を専門的に開始した後、医療の現場で私は医師であるから自分ができる治療を優先して疾病性に対応し、長期間、犯罪性への対応が不十分であった。疾病性への対応を優先しながらも、犯罪性に対する刑罰の威嚇効果を利用する冒頭の方法をおぼろげに何年間か考えていたが、援助側と取締処分側が各領域の機能を発揮して、他方の機能を補完的に利用する∞連携(※後にURLあり)を構想したのは1999年の正月であった。

∞連携は対象を「薬物依存・中毒者」と「末端乱用者」の2つの群に分けず、規制薬物を乱用する者達を疾病性と犯罪性を併せ持つ1つの群に対して、疾病性への働きかけを優先する領域と犯罪性への働きかけを優先する領域がどのように連携すれば効果が高まるかに焦点を当てて構想したものであった。薬物乱用者を専門的に扱うようになってその∞連携の構想に至るまで、9年9か月を経過していた。冒頭に示した対象者の規制薬物乱用に対する援助側の態勢はその∞連携の一部である。

冒頭の1)の態勢を明確にすることにより、援助機関に治療を求めれば捕まるのではないかという不安をなくし、規制薬物を乱用する者が援助を受けやすくなり、より早い段階で治療や訓練に繋がること、並びに治療的なはたらきかけにより再度の薬物乱用を防止することが期待できる。

また、冒頭の2)の態勢で、検挙をより強く意識し、第二信号系が規制薬物の使用をやめる決意を強化すること、あるいは、やめるためにより手厚い治療的なはたらきかけを受け入れることが期待できる。

それら1)と2)の組み合わせは、1)の態勢で∞連携の入り口の敷居を低くし、2)の態勢で強い法の抑止力を提供するのである。我々が慣れた算数の演算では、その組み合わせはかけ算が該当するであろう。「より多くの対象者数」×「より強い法の抑止力」という計算式である。

また、その1)と2)の組み合わせは、違法行為を通報する義務をもち、また、対象者の秘密を守る義務をもつ者に対して解決をもたらす。その組み合わせは、法として明文化された言葉の衝突に惑わされず、各領域に期待される役割の範囲で、いずれの法に関してもその目的に沿って効果を実現する。したがって、その組み合わせにより、対象者の規制薬物乱用を通報しないことで生じる通報義務違反の違法性はなくなる(※文献は後出)。このことを知ると、規制薬物使用という違法行為をした者を受け入れて治療的はたらきかけを行う援助側の職員に生じ易い、自分の役割を果たすことにおける違法ではないかという迷いをぬぐい去り、より効果的な働きかけが期待できる。

上記の1)と2)の組み合わせは構想だけではない。その構想は、2000年から関東麻薬取締部の麻薬取締官が単発的に患者と面接することで実現した。まもなく対象者は増え、面接は規則的となった。患者と麻薬取締官の接触の開始は医師による面接の依頼であるが、その患者に対して後には麻薬取締官が自由に連絡をとった。そのような患者の累積は300人を超え、一時は毎月、下総精神医療センターに麻薬取締官が複数名で訪れ、1回の訪問で10人近い患者に面接するほどに活発であった。検挙されないために患者は規制薬物乱用を回避しようとした。しかし中には、検挙される者もいた。私はそのいずれもが適正な対応の結果であり、現行制度において対象に応じた良好な効果が生じたと考えている。

警視庁と当院の間でも同様の処遇を2012年1月から2016年10月まで行った。しかし、この処遇の担当を引き継いだ警視庁職員が、本来、規制薬物乱用者は通報されるべきであり、同様の処遇を他施設に展開できるわけがないという見解を明確に述べるようになったので、その処遇を私が終了させた。

そして、2022年3月、今度は関東麻薬取締部が、全国麻薬取締部で展開している新たな再乱用対策事業と整合性がないという理由で、上記処遇の打ち切りを私に連絡してきた。これで、患者として対応体系にかかわった者に法の抑止力を円滑に提供するための下総精神医療センターと関東麻薬取締部との20年以上に渡って行われてきた連携は一旦終わった。

少し残念であるが、次のように良かったのである。

立ち上げのときは当時の関東麻薬取締部の担当者は上記の連携を行うことの重要性を理解し、開始した。警視庁の当初の担当者もそうであった。規制薬物乱用者への対応において、取締機関の職員が援助側の職員の職責を理解し、援助側と取締処分側の両方の効果を同時に1人の規制薬物乱用者に提供する処遇に参加した。

複雑な問題への対応において、異なる機能をもつ複数の者がかかわるとき、各人は機能を明確にし、相互に期待しあうことが連携の基本である。冒頭の1)と2)はその基本を疾病性と犯罪性をもつ規制薬物乱用者への対応における援助側の者がもつべき態勢を明らかにしたものである。刑事司法体系においては、逮捕する者、評価する者、処遇の場でかかわる者が順序良く各職種の各役割を発揮する。それに対して援助する領域では目前に来た対象者に、1人の者が疾病性と犯罪性の両方に対応しなければならない。冒頭の1)と2)の組み合わせは、規制薬物乱用者に援助的に対応する者がとれる正当で効果的な唯一の方法である。

その重要性が理解されて治療的対応に取締職員が参加する処遇が始まったのだが、その後、担当者は20年余の間に何回も変わった。一部の担当者の発言から当初の担当者がもった理解を忘れていると感じたことがあった。それが徐々に明確になり、警察との関係を私は断った。すでに麻薬取締部とは長期に継続されていたことから、変遷はあるものだと受け入れていた。しかし、今回の打ち切りに至った。

つまり、援助側に受診した患者に取締処分側の者がかかわるのは連携の一端を支える重要な設定であるが、それが展開しないままに継続されるよりは、一旦、無くなり、新たに、どのような意味があるかを明確に示して再開する好機になったのである。

また、全てが終わった訳ではない。下総精神医療センターで開始された精神科医療と麻薬取締部の連携は当会のHPに掲載されている∞連携支持施設で継続されている。

今後、下総精神医療センターで反復する行動に対応する部門で業務にあたる私と職員は、これまでと同様の態勢をもち、患者の規制薬物乱用は通報せず、患者の同意を得られた場合に、取締機関に患者の住所、氏名、年齢、規制薬物を乱用してきたこと、今後も規制薬物を乱用する可能性があることを手紙に書いて取締機関に送る。関係を打ち切る連絡をしてきたばかりの関東麻薬取締部には慎重に再開するが、警察には、過去に関係を私から切ったのは警視庁なので、千葉県警に期待して、直ちに送る予定である。

当会の会員で援助側機関に勤務されている方には、是非とも冒頭の1)と2)の組み合わせで対象者の規制薬物乱用に対応していただきたい。


※薬物乱用対策五か年戦略
https://www.kantei.go.jp/jp/singi/yakubutu/980701yakubutu.html

※∞連携
https://crct-mugen.jp/cooperationsupport/

※【引用文献】平井愼二:患者の薬物規制法違反(使用)への態勢
日本臨床 61(12):2223-2232,2003

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