∞メール No.10

∞メールの全体は コチラ からダウンロードできます。
一部を抜粋したものを下に掲載しています。

会員の皆様
あけまして、おめでとうございます。
今年もヒトの行動原理にしっかりと目を向け、各信号系の作用を意識して、対応する治療と体系を考えましょう。
∞メールNo.10をお送りします。

条件反射制御法を受けた方の裁判を戦って

控訴審で一審の実刑判決を破棄し執行猶予を得た事例

弁護士 小竹広子
(2018年12月16日寄稿)

 一審が実刑判決であった覚せい剤取締法違反被告事件で、私が控訴審の国選弁護人となり、条件反射制御法と平井愼二先生の助けを借りて、原判決を破棄し執行猶予判決を得た、嬉しい事例がありました。報告させていただきます。

当事者は、有名大学を卒業し企業で働いてきた青年です。幼少期の家族関係や職場でパワハラを受けたこと等から、心理的な問題を抱えており、数年前から覚せい剤を使用するようになっていました。

警察官による職務質問が契機で、覚せい剤の所持及び自己使用が発覚し、逮捕、起訴されました。逮捕により仕事を失い、保釈中に再就職活動を頑張っていたのですが、そのストレスもあって、再び覚せい剤に手を出し、再度、繁華街で職務質問を受け、覚せい剤の所持及び自己使用で逮捕・起訴されてしまいました。

通常、覚せい剤の自己使用や自己所有目的所持で初めて裁判を受ける人は、「懲役1年6月執行猶予3年」という判決になり、執行猶予がつきます。ところが本件の一審判決は、逮捕される前に繰り返し覚せい剤を使用していた事案と、保釈中に再犯した本件を同視することはできないと、懲役2年に処し、刑の一部である懲役6月の執行を2年間猶予し、猶予期間中保護観察に付した判決を下しました(求刑は懲役3年)。起訴されて刑事裁判の審理中であるにもかかわらず、保釈中に再び覚せい剤を使ったことにつき、「覚せい剤に対する非常に強い常習性、依存性を示す事情であると同時に、社会内での更生環境の不十分さを顕著に示す事情である」と評価したのです。

しかし、私から見れば、全く治療を受けずに単に保釈されただけなのですから、再度覚せい剤を使ってしまったのは、ある意味当然の帰結でした。弁護人も検察官も、彼に治療を促すことはなく、本人も、覚せい剤を自分でやめることができない状態だとは認識していなかったのです。

二度目に逮捕された後、弁護人は再度の保釈は無理だと考えたらしく、私が会った時点で、彼は5ヶ月間も拘束されたまま拘置所で過ごしていました。本人は二度目の逮捕後に治療の必要性に気付き、裁判でも認知行動療法を受ける決意を述べてはいましたが、治療が実現してはいませんでした。初めて会った私に、彼は「保釈中に再度同じ事件を起こしたので、実刑は仕方が無いのかとは思っているが、控訴審で三人の裁判官で判決を受けて納得してから受刑したい」と言いました。
私は、控訴審でやるべきことは、治療の実績を作ることと、その結果を裁判所にわかるように伝えることだと話し、再度の保釈を得て、条件反射制御法の入院治療を受けることを勧めました。その理由は、第一に認知行動療法より条件反射制御法の方が効果があると思われること、第二に反射反応の低減により治療の効果を説明しやすいこと、第三に平井先生に証人尋問をお願いできる可能性があることです。本人とお母さんの同意を得て、私はその日のうちに下総に入院申し込みを行いました。

幸い、比較的すぐに下総精神医療センターの病床に空きが出るとのこと。保釈の担当裁判官は、確実に入院するのかどうかを危ぶんでいましたので、私が付き添って釈放当日に入院させることを約束し、最初の面会から10日後には再度の保釈許可決定を得ました。彼を拘置所に迎えに行き、その足で下総精神医療センターに同行、入院治療を開始することができました。この方は、知的能力が高く社会適応も良い方だったこともあり、入院後の治療はスムーズに進行したようです。

控訴理由書は期限通り提出したものの、3ヶ月間の治療期間を確保するため、私は、第1回公判の日程を入院予定期間が終わる頃に入れてもらえるよう、また平井先生の証人尋問と被告人質問を採用してもらえるよう、裁判所に掛け合いました。

一般的に、刑事事件の控訴審は事後審であるため、新たな証拠の提出も制限されますし、通常は被告人質問や弁論もやらせてもらえず、1回で結審されます。弁護人としては、全く取り付く島も無く、アウェー感・無力感に苛まれることが多いものです。しかし、この事件では、一審終結後に行った治療結果を証明するため、平井先生の尋問と被告人質問を採用してもらい、弁論も行うことができました。

第1回公判は、こちらの希望通り、ほぼ入院治療が終わり退院日を数日後に控えた頃に入りました。平井先生の尋問では、彼を「覚せい剤使用障害」と診断した根拠を話して貰い、疑似、想像の治療で起こった反射反応が次第に低減していき、現在では治療が完了していること等を証言してもらうことができました。平井先生の独特の「講義」に、裁判官も検察官も興味を持って聞き入っているように感じられました。被告人質問では、治療を受けて渇望や欲求がゼロになっており、目の前で覚せい剤を誰かがやっていて誘われても1000%やらない自信があるとの言がありました。本人の誠実な人柄や、社会の中で充分平和に生活していける人であることを裁判官に感じて貰えたことも被告人質問の意義だったと思います。

ここで結果的にラッキーだったのは、第1回公判で論告・弁論まで終了する予定でしたが時間切れになり、裁判所の方から「論告・弁論は次回期日にしてもいいですか」と言われたことです。そのことにより、退院した後、しばらく自宅で過ごす時間を取ることができ、その間に本人は見事再就職を決めることができたのです。第2回公判の前日になって再就職が決まった資料を入手し、証拠提出しましたが、検察官はギリギリの提出に怒って証拠採用に同意しませんでした。ただ、再就職が決まったという事情を現わすための再度の被告人質問を認めて貰い、立証することができました。

そして迎えた、判決日。「原判決を破棄する。」との裁判官の言葉に、証言台の前の彼の眼には涙がこぼれました。判決理由は、原判決の量刑は宣告時点では相当とし、「条件反射制御法の実効性については、その評価が定まっているとはいい難いが、少なくとも被告人については、一定の治療効果が見込まれる。また、退院後も通院等により治療に継続して取り組むことを誓約している。そうすると、原判決が指摘する覚せい剤に対する依存性や社会内での更生環境の不十分さへの懸念は、一定程度解消されたものといえる。」とし、現時点では、刑の全部の執行猶予を付さなければ明らかに正義に反する、というものでした。控訴審判決の内容は、懲役3年、執行猶予5年保護観察付、覚せい剤2袋没収です。

何度もハンカチで涙を拭いた彼は、判決言い渡しが終わると「ありがとうございました!」と深々と一礼したのでした。思わず私も裁判官に「ありがとうございました!」と頭を下げていました。

なお、この方は、今後、条件反射制御法を広める活動もしていきたいとの希望を持っており、私がその後に弁護した依頼者に面談して自分の経験を語り、治療を勧めてくださいました。覚せい剤を使ったこともない弁護人から治療を勧められるのと、実際にやっていたけれど治療を受けてやめた方から話を聞くのでは全く説得力が違いますので、大変有り難く思っています。

0
    選択した項目
    何も選択されていません